2016年

12月

27日

感謝

いよいよ、今年もあとわずかとなり、言いたい放題、書きたい放題も今年最後になります。前回、このコーナーで忘年会をテーマに「忘れること」について書きましたが、最後はこの一年を思い出してみたいと思います。テーマは「感謝」です。

お陰様で、恙なく一年を過ごすことができたのは、多くの方々にお世話になったからだということを心に刻み、感謝の気持ちを込めて「有難うございます。」

 

・私の拙い文章を読んでいた方々にお礼をお申し上げます。特にfacebookで「いいね」まで送っていただいたことは励みになりました。

 

・弊社の所有物件にお住まいいただいている方々には感謝の気持ちでいっぱいです。今後もバリュアブルな住まいを実現できるよう努力してまいりますので、よろしくお願い申し上げます。

 

・弊社で売り出したマンションをご購入いただいた方々も物件の価値を認めていただき感謝しています。ご自分でお住まいになる場合でも投資対象の場合でも、ご購入いただいた方に「買ってよかった」と思っていただければ幸いです。

 

・お取引にあたって仲介に入っていただいた不動産業者の皆さんに感謝します。皆さんの協力なしにはお取引は成立しなかったかもしれません。

 

・弊社に建築工事を発注していただいたお施主様も忘れてはなりません。お施主様の立場に立った工事を目指します。今後ともよろしくお願いいたします。

 

・ご融資いただいた金融機関の方々に感謝します。弊社の実態と将来について親身になって考えていただきありがとうございます。

 

・個人的なことでも多くの方々にお世話になりました。病院のお医者様、趣味で通う教室の先生、母校の先輩、後輩、友人など枚挙に暇がありません。

 

・最後に社員の皆さんと家族にお礼を言って今年一年を締めくくりたいと思います。

 

「本当にありがとうございました」

 

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2016年

12月

21日

忘年会

先週から今週にかけて世間は忘年会シーズンの真只中で、スケジュールを調整しながら毎晩お忙しい思いをされている方が多いかもしれません。くれぐれも、お体に気を付けてください。

 

ところで忘年会という呼び方は、いつごろから、どういう意味で使われるようになったのでしょうか。室町時代の皇室の何方かが書き残した記録に、年末に開いた連歌の会が大変盛り上がって「としわするるがごとし」とあるのがもっとも古いとありました。これ以上、詳しくはわかりませんが、そこには何やら無礼講という意味合いがあるようです。そうなると、年を忘れるとはこの一年の義理や普段の立場、序列などを忘れて皆平等に飲んで騒ぐということかな?というニュアンスを感じます。

 

やはり、一年を振返ったとき、多くの人は不平不満が沸き起こってくるのでしょうか。それを酒の力を借りてでも忘れたふりをして一気に洗い流してしまう。これも世渡りのための知恵だとすれば、洗い流された不平不満は下水に放置するのではなく、しかるべき立場の者が拾い上げて、来るべき新年がより良くなるようにと大切に心に留め置いてこそ価値がでてくるかもしれません。

 

 

しかし、現実には、しかるべき立場の者も一緒になって自分の不満を洗い流してすっきりして帰ってゆくことも多いと思います。12月の酒場は誰も拾ってくれない思いが鬱積しているかもしれません。でも心配いりません。新年は厳かな雰囲気の中、除夜の鐘とともに粛々と開けてゆきます。もう、その時点では鬱積した感情は片づけられてリセットされた清らかなお正月が用意されています。室町時代から、こうして日本の歳は暮れていったのでしょうか。そう思うと伝統行事にはそれぞれ役割と意味があると納得する今日この頃です。

 

 

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2016年

12月

14日

人気エリア 例:武蔵小杉

最近では、「むさこ」と呼ぶ人もいます。そう、何かと話題になる「武蔵小杉」のことです。人によっては「武蔵小山」をそう呼びますが、今回は『小杉』の話題から始めたいと思います。かつては、東急東横線とJR南武線が交差する駅でした。今は東横線に並行して目黒線が走り、加えて同じ武蔵小杉の駅名ですが、徒歩10分以上もかかろうかという、とんでもなく離れたところに横須賀線、湘南新宿ライン、成田エクスプレスの乗換駅ができて、ある意味では大変便利になりました。

 

それに伴い街の様子も様変わりしました。大手企業の工場跡地には高層マンションやお洒落な商業施設が建ち並んでいます。私も日用品などは多摩川を超えて、この街で買い物をします。特に、ここ1年は週末になると買物客で賑わっていて商業施設の駐車場は赤い字で「満」と表示されていることが多くなりました。

この街を歩いている人を観察すると、私より若い、30歳代くらいの夫婦が小さな子供を連れている姿が目につきます。活気はありますが何となく落ち着かない気分の中で買物を終えて家路につくと少しほっとします。

 

自宅のあるマンションも交通の便が大変良くて、どこに行くにもどこから帰るのも何通りも経路が見つかって悩んでしまうことがあります。そんなところも気に入って4年前に購入して引っ越してきましたが、そのときの販売員からどんなご家族がこのマンションの購入者なのか尋ねてみたところ、少々予想に反する答えが返ってきました。何と30歳代の購入者が一番多かったそうです。そういえばマンション内で小さな子供をよく見かけるし、幼稚園の送迎バスも通っているようです。

 

武蔵小杉の高層マンションと自宅のマンションとで価格を比較すると、坪単価でだいたい同じくらいのようです。武蔵小杉はこの10数年で急激な変貌を遂げて神奈川県でも値上がり率の高い注目のエリアであり、冒頭で述べた通りそんなことで話題にのぼるエリアです。一方、自宅のマンションがあるエリアは伝統的な住宅街として認識されていて、不動産もそれなりの価格はします。両者は、これまでの街の生い立ちも、現在の街の雰囲気も異なりますが、首都圏でも比較的人気が高いという点では共通しています。

 

人気の高いエリアに30歳代が集まる、言い換えれば30歳代でも高額の不動産が取得できるということは、住宅ローンを含む貸付利息が低金利であり、長期のローンが組める若者が返済金額を低く抑えられるといった面で最も恩恵が受けられることが一つ挙げられるかと思います。その他にも日本の社会が年功序列から能力主義に移りつつあることから若い世代においても高収入の層が出現しているかと思います。また、そういった成功者の道を歩き出した若者の育った環境においても親の収入が高かったのではないかと推測します。となると、自身の収入が高い若者は住宅取得に際して親からの援助も受けやすいとも考えられます。きちんとしたデータに基づいたことではありません。多分に想像力を働かせて推測しているだけですが、一応、以上の3つの要因から人気エリアには若者が集まるといった現象も理由がつきます。

 

 

前回、読書の話題として「老いる家 崩れる街」にふれました。そこで述べたように、ゆっくりと堪能しながら読んでいます。途中ですが、きちんとデータをそろえ、よく研究したなかなかの本だと思います。ただし、将来、首都圏が他地域に比べて極端に高齢化が進んで問題が顕在化すると予測している点において、今回、指摘した人気エリアにおける若者の移入を考慮すると日本全体の問題として高齢化に取り組まなければならないことに異存はありませんが、顕在化するのはやはり、地方や郊外からであって、都心部の人気エリアは最後まで崩れないような気がします。皆さんはどう思われるでしょうか?

 

 

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2016年

11月

30日

マンションの寿命

人間が生活してゆくうえで不可欠な要素として挙げられる「衣食住」の一つである「住まい」は機能の面から見た言葉ですが、これを物理的にその存在を言い表せば「建物」ということになるでしょうか。この世に形ある物として存在する限り、どんなものでも老朽化して永遠に原型を留めていられません。

 

マンションという建物も老朽化して機能が低下し、住まいとして不適格になる日が必ずやってきます。マンション全体の修繕計画やそれにそって徴収される修繕積立金はとても大切ではありますが、来るべき寿命の尽きる日を先延ばしするだけで建替えを余儀なくされるときは必ずやってきます。まるで永遠に生き続ける人などいないように…

 

マンションが建替えられる事例は既にちらほら見受けられます。昭和40年代以前に建てられた物が既に、その時期にきています。マンションの建替えの意思決定は管理組合であり、組合員による議決権の4/5の賛成をもって決定します。区分所有法と管理規約ではそのように決められていますが、所有者の皆さん一人一人の事情が異なる中で建替えがスムーズに進むとは限らないというのが私の予想です。

 

果たして寿命がきたマンションで建替えが進まないままでいるとどうなってしまうのでしょうか?この状態を人体に置き換えるとゾッとしませんか?

 

マンションにも新築からの履歴があり、人の生涯に例えれば、その所有者や居住者に恵まれて幸せな人生を送り、静かにその生涯を閉じた後は不死鳥の如く建替えられることを願っています。そのために弊社がお役に立てることは何でしょう???

 

 具体的にイメージしやすいよう、仮想のストーリーを考えてみます。

1202X年、弊社が所有するマンションの管理組合の総会で建替えの提案が可決されました。これまでの長い交渉を振り返ると感無量です。建物が老朽化して外壁が所々剥がれ落ち、通行人の脇をかすめたこともあり、放置できない状況は誰の目にも明らかなのですが、3✕✕号室を所有するAさんと2✕✕号室を所有するBさんは建替えのための負担金が払えないことを理由に当初は建替えの提案に賛成してくれませんでした。

 

この負担金の額はAさんの場合、ファミリータイプなので1000万円、Bさんの場合は投資用ワンルームマンションで600万円です。マンションの立地は都内の一等地です。適切なプランで建替えた後に手に入る新築の部屋の価値を考えれば負担金以上の価値向上が見込めるはずです。そんな状況で1年経過するうちに、2✕✕号室の賃借人は老朽化した住処に満足できず、快適な部屋へと引越してしまい、2✕✕号室は空室になりました。ご自分で住んでいないBさんはこれを機に他の投資家に売却しました。新しい所有者は建替え後に売却すれば、一時、建替負担金を支払っても利益が得られることを見込んで、建替案に賛成してくれました。

 

問題は3✕✕号室にご自分でお住まいのAさんです。Aさん本人とマンション全体の両方にとって有益な解決方法として弊社が以下のような提案をしました。

  Aさんに弊社所有のマンションに一時引っ越してもらう。

  3✕✕号室を弊社に売却してもらう。

  建替え後、弊社所有の新しい部屋にAさんは賃借人として住んでもらう。

 

以上の取引で発生する費用のうち、弊社からAさんに支払う売買代金を一度に支払わず中立な立場の第三者に預け、Aさんから弊社に支払われるべき賃料(仮住まいも建替え後も)を毎月分割して預けた売買代金から相殺してゆく。

売買代金と賃料の設定に多くの時間を必要としましたが何とか互いに合意することができて、建替え案が可決しました。

 

2203X年、弊社が所有するマンションの管理組合では、ある事件の責任が誰にあるか、で紛糾していました。ある事件とは、マンションが老朽化して外壁が剥がれ落ち、通行人に怪我を負わせてしまったことです。矢面に立たされたのは管理組合の理事長です。しかし、理事長の言い分では、以前から危険を察知して建替えを提案していたにもかかわらず、一部の所有者の反対で実現できず放置せざるをえなかったということでした。管理会社の担当も含め、議論は紛糾するばかりです。

 

 

二つのストーリーはフィクションですが、お読みいただいて感じることがあれば幸いです。

   

 

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2016年

11月

16日

トランプ占い

ここ数日の間、ニュースの主役は何と言ってもアメリカ合衆国の次期大統領に決まったトランプ氏でしょう。いかに馴染の深い国とは言え他国の国家元首について「あーだ、こーだ」論ずることは憚りたいと思います。それに、私はトランプ氏についてあまり多くを知りません。だから、「マスコミの報道」や「町の噂」や「外見から受ける印象」や「想像」で人物評はしないつもりです。

 

そうはいっても、世界中に向けて最も大きな影響力を発揮しうる役職に就こうとしている人物ですから… これからの自分の生活にどう影響するだろう??? という視点から独り言を漏らしてみます。

 

まず一番に考えたことが不動産価格に対する影響です。以前にも論じたように不動産の価格には相場が存在します。株価や利用の需給、最近では為替や金利などの外部要因で上下します。トランプ氏の人物やパフォーマンスはともかく、その政策と進もうとしている方向性は見定めていく必要があります。

 

今のところ、トランプ氏はアメリカ国内重視で貿易に関しても保護政策を主張してきたようです。アメリカはもともと、エネルギー、食物、その他多くの分野で自給自足が可能(本当にそうなのかは知りません)であって、歴史的にも一時期、保護政策を重視していたことがあったはずです。それと、もう一つの特徴として国外からの移民を受け入れ、移民が創った国だということです。アメリカの活力の源泉はこの移民政策による人口の増加、消費の拡大、競争社会(行き過ぎると弱肉強食)ではないでしょうか?

 

トランプ氏の主張には違法移民を排除するという内容があるようです。では違法移民の違法とは殺人や詐欺といった犯罪をいうのでしょうか?たぶん、そうではなくて移民の手続きが正規に執られていないことを指すのではないでしょうか?ということは、移民の手続きに関する法律を変えれば違法でなくなるのでは???

 

 

おっと、いけない、最初に自ら禁じた「想像」で論じてしまいました。この辺りが私の限界ですが、最後に一言だけ申し上げれば、「先に移民として来た人たちが既得権を主張して後から来る移民を排除するのは勝手ですが、移民が増えないと国の活力がなくなり保護主義ではジリ貧になるんじゃない?」と訳の分からない外国人は思うのでありました。

 

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2016年

11月

09日

家族

今年も残すところ1か月と20日になり、気候も秋から冬になろうとしています。天気予報では今朝、この冬初めての木枯らしが吹いたそうです。寒い日は家に帰ったときの暖かさにホッとします。

 

32年前に妻と結婚して初めて親元を離れて新しく家庭を持ちました。それから、3人の子供を授かり、お蔭様で今は3人とも成人し、社会人として日々、充実した生活を送っているようです。第二子である長女が3年前に結婚して独立してゆきました。そして、4年前から海外赴任している一番上の長男が今年、結婚して戸籍上も独立しました。末の娘は今でも私たち夫婦と同居して我が家から通勤していますが、既に独立した個人として日常を送っています。

 

子供が結婚するときの気持ちを正直に明かすと、ホッとしたのが半分と喜びが半分で、世間でいうような子供が離れてしまうことへの寂しさは感じられませんでした。

子供が結婚するということは、親にとってもう一人子供が増えるような感覚で嬉しい限りです。そして、新たに子供となってくれる婿または嫁のご両親とはこれから親戚として幾久しくお付き合いいただくことになります。

 

一方、私や妻を生み育ててくれたそれぞれの両親は長生きしてもらったものの年齢には勝てず妻の母親を残して3人が他界しました。かつて家族として同居していた兄弟姉妹は何か用事がない限り顔を合わす機会がなくなり、家族から親戚へと変わってゆきます。

 

私は子供たちが生まれてきてくれて本当に幸せだったと思います。私たち夫婦は真剣に子供たちに向かい合い、子供たちも私たちの努力に応えてくれ、子育てを通して多くの感動をもらいました。しかし、今、子供たちは一人でも生きてゆける能力を身に着けて、親である私たちを必要としません。それでも外に出た子供が家に帰ってくることは、この上もない楽しみです。それは、互いを必要とする親子としての役割が既に終えても、かつて親子として過ごした関係が絆として記憶に残っているからであると言う人がいました。私は、上手いことを言うな!と感心した覚えがあります。

 

動物にも似たようなことがあるようです。いわゆる「子離れ」と呼ばれる通過儀礼です。この場合、子離れの後、暫くしてかつての親子が再開したとき、互いの反応はどうなるのでしょうか?かつての関係を大切にする「絆」は人間だけのものではないような気もします。

 

 

 外の寒さから家族の暖かさが身に染みる季節です。

   

 

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2016年

11月

02日

切ないニュース

数日前にテレビのニュースで自動車が登校中の小学生の列に突っ込み、残念なことに、そのうちの一人の尊い命が奪われてしまったと放送していました。「憎むべき犯人、つまり運転手は誰だ!」と怒りを露わにテレビの映像に注意を向けると、そこには屈強な壮年でも浮ついた若者でもなく、弱々しい老人の姿がありました。訊けば、年齢は既に87に達しているとのこと、事故の直前の記憶がないようで認知症の疑いがあるようです。

 

私の身内でも父や岳父から長年愛用してきた自動車のキーを取り上げるのに苦労したことを思い出しました。今まで自家用車で自由に外出していたのに一人では遠くに出かけられない不自由さは容易に想像がつきますが、それにも増して自分が一人前でなくなってしまうということで、プライドが傷つくのかもしれません。

 

しかし、自動車は走る凶器にもなりうる、ということを改めて胸に刻み、自己管理に細心の注意を払わなければなりません。未来を奪われたお子さんとご両親には謹んでお悔やみ申し上げるとともに、高齢化社会において、誰もが年を重ねていく中、多くの人が同じ問題に直面することを考えなければならいと思います。切ないですね!

 

 

それでも、解決策はいろいろと考えられます。法規で規制することも必要でしょう。また、医学の進歩によって認知症に対処する方法が見つかるかもしれません。自動車を造る側の技術的な進歩も期待できると思います。亡くなったお子さんの為にもこのような事故が起こらないよう社会全体で創意工夫を凝らしていただきたい。本来、長生きすることは「寿ぐ」ことです。50歳代の我々が安心して長寿を祝える社会になってほしいと思います。

  

  

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2016年

10月

26日

強く、優しくバリュアブル

弊社の社名にバリュアブルが付いてから14ヶ月になろうとしています。電話の応答で社名がうまく言えずにアタフタする者もいなくなりました。しかし、バリュアブルの概念は未だその輪郭がはっきりしません。社内でもしばしば議論の対象になりますが、今回は社内の意見を総括するのではなく、ひとえに私の意見としてお聞きいただきたいと思います。

 

「不動産におけるバリュアブルとは、実際に住んでいる居住者にとって満足度が高いかどうかを基準に決まるのか、それとも家賃や売買価格のような金銭に置き換えて、その価値を測るのか」という疑問からお話しを始めてみようと思います。私は、本来ならば居住者の満足度と金銭的価値は一致すると考えます。人間の趣味・趣向は人によって様々で満足する条件も同じではありません。それでも多くの不動産を見ていると好まれる不動産の条件は一致することが多く、その中でより多くの人が好む条件を備えた不動産が高額物件として認識されるのが自然です。

 

ところが、不動産の価格決定要因が、もう一つあります。それは相場と呼ばれる価格の上がり下がりで、同一の不動産でも景気の動向によって価格が変動します。

これを利用して、価格が低いときに購入して暫く保有して高くなった時に売却すれば利益が得られます。しかもこの波の高低差はバブルの前後などは特に大きくなって不動産自体を物理的、技術的に改良することによる価値の増加を呑み込んでしまうこともあります。そして、不動産の特徴として相場の動きは必ずしも予想通りにはいかず、それに加えて保有し続けるだけで固定資産税やら維持管理費など出費があります。相場が上向くまで持ち続けられるとは限りません。それゆえ不動産で大儲けする人もいれば、泣きっ面になる人もいるのでしょう。

 

弊社の目指すバリュアブルとは如何なることでしょう。それは、何も手をかけず相場の波を利用して利益を得ることではありません。しかし、扱っている商品が相場に左右されることは避けられません。そのことを承知していないと泣きっ面どころか企業として存続できません。そのような状況を鑑みて、今できることは最低限、弊社が所有している期間の記録をきっちり残し、一時的にせよ弊社が所有したことによりマンション及びその関係者に何等かの貢献できればいいと考えています。目指すところは相場に強く、(居住者に)優しい会社です。

 

それが「バリュアブル」だと考えています。

 

 

 

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2016年

10月

11日

駅のホームにいる羊

今朝、いつもどおり東急多摩川線に乗って出勤する途中「下丸子駅」で、ふっと目に映った変な物体。よく見ると羊の像のようです。しかも胴体の真ん中あたりで真二つになっており、顔がある前半分はこちらを向いており、隣に後半分が尾をこちらに向けて並んでいます。単なる写実ではなく実際には在り得ない形状をしているところが、いかにも現代アートといった雰囲気を醸し出しています。

 

次の駅「武蔵新田」にも何か普段は気付かずにいる珍しい物はないか、と注意していると、この駅にもありました。矢が何本も壁に展示してあるのが見つかりました。この駅の周辺には新田義貞を祀った新田神社があるので、そこの破魔矢かな?と想像できます。

 

普段は周囲に気を配らないで座席に座って、ときには居眠りしている通勤だったので、これまで「羊」にも「破魔矢」にも気付きませんでしたが、身近なところに不思議なものを見つけると、いつもの風景が新鮮に感じられます。毎日のように通っているので、いつでも簡単に途中下車して、じっくり確かめることができます。

 

その前に少々、下調べをしてみると、「多摩川アートラインプロジェクト」というものがあって羊の像はその一つです。そこで引き続き、そのプロジェクトについても調べてみました。このプロジェクトは多摩川線の全駅にアーティストによる芸術を施す他、かつて、いくつかの企画が催されたようです。終了後も一部を除き作品を残す、との説明があったので羊もそのひとつなのでしょう。実は、武蔵新田の破魔矢もこのプロジェクトのひとつで浅葉克己さんの作品だそうです。

 

 

たった10分の乗車時間、これまで近いという利便性で満足していましたが、居眠りもできるし、よく探してみると、他にも何か面白い物が見つかるかもしれませんね。

  

 

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2016年

10月

03日

眼鏡は顔の一部 ~ です ~

「眼鏡は顔の一部 です ~」私が子供の頃、テレビコマーシャルでよく耳にしたフレーズです。この後に広告主の社名が叫ばれるだけのシンプルな宣伝でしたが、発想が新鮮で妙に説得力があると感じました。私は中学2年から近視を矯正するため、似顔絵にあるような眼鏡を常時着用して暮らしてきました。朝、目覚めて、まずは眼鏡を探して着用するのが習慣です。ここ数年は睡眠が不規則であり、夜中の暗いうちに起きてしまい、そのまま携帯電話を手にすることがあります。真っ暗な部屋の中、手探りで眼鏡と携帯電話を探り当てるのは結構やっかいです。それでも眼鏡がないと顔の一部がないような不自由さを感じてしまい、まずは眼鏡をかけるまでは落ち着きません。

 

眼鏡に限らず身体の一部分の機能に支障をきたしていて、それを補う器具を使用するのは、よくあることです。その最たるものはパラリンピックで活躍しているアスリートたちです。それこそ、補助用器具をまるで身体の一部のようにして素晴らしい能力を発揮しています。

 

手足の運動能力や視力、聴力だけでなく、内臓の機能においても元気な生活を送るために様々な機器やノウハウがあります。腎臓の機能が不完全な人が機械のお世話になる人工透析もその例のひとつです。また、血管の詰まった部分を広げるための器具でステントというものがあります。これにより心筋梗塞で死に至るかもしれない人も元気に暮らしてゆくことができます。

 

こうした器具に替えて、身体の支障を補うものとして次に注目されているのが iPS 細胞による再生医療です。人間の身体の様々な部分に成長させることができる、この細胞を使って機械や器具ではなく、本当の自分の身体を取り戻すことができるというものですが、実現する日もそう遠い未来ではないようです。

 

 

そんな日が来たら、私の似顔絵ももっとイケメンに直さないといけませんね。

  

 

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2016年

9月

28日

大家さんの姿

昔ながらの大家さんのイメージというと、そう、まるで落語に登場するような、ちょっとした常識人で街の顔役の年配男性といったところでしょうか?そして、「大家と店子は親子も同然!」などと人情味あふれる台詞を口にして、店子たちのワイワイガヤガヤに首を突っ込んで余計なお世話まで買って出るお人好しかもしれません。あるいは、渋い顔をして家賃の取り立てをする、しっかり者の女将さんを思い浮かべるかもしれませんが、今時、どちらのタイプにしても、そんな大家さんを発見することは難しいでしょう。

しかし、このイメージどおりの大家さんは、ほとんど生息していない架空の(あるいは化石のような)存在であっても、そこには大家さんの本質がよく表れているように思います。

 

先日、弊社が所有する賃貸マンションにおいて、ちょっとした事件がありました。独り暮らしの住人の親御さんから弊社に連絡が入り、ご本人と数週間、連絡がつかないので心配だから部屋の様子を確認してほしい、とのことでした。親御さんは遠方にお住まいであること、また、万が一、事件や事故であった場合を考慮すると、緊急に対応する必要性があったので、休日にもかかわらず、弊社社員が出勤して保管鍵を持ち出して現地に急行しました。

幸い事件、事故ではなく何事も無かったので安心しましたが、まさしく、親心を以て住人に対応している事例です。

 

 弊社の所有、管理するマンションの賃借人の多くは家賃の支払いが遅延することなどない優良なお客様です。ごく僅かではありますが、家賃が遅れがちの人がいます。いろいろと事情はあるのでしょうが、家賃をいただけないのは困ったことですから、心情は渋い表情の女将さんと何ら変わりはありません。

 

家賃を払っていただく限り、部屋の整備をはじめ、誠心誠意サービスを提供していくべきだと考えます。借りられる方においても、遅れずに家賃をお支払いいただくことをお願いしたいところです。

 

 

簡単ではありますが、大家さんという生き物について考察してみました。

   

 

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2016年

9月

20日

業界用語

いつまでたっても「うだつ」が上がらない。と言う言葉は、社会的または金銭的に、なかなか成功を修められない人に対する評価として使われます。この「うだつ」というのは建物の一部分の名称で店舗などが立ち並んでいるエリアで火災が起きたとき類焼を防ぐために隣家との境に防御壁のような出っ張りを造ることがありました。これが「うだつ」です。

私は38歳のとき建築業界に身を置き、「うだつ」に限らず、初めて耳にする珍しい言葉や表現に出会いました。そのうち興味深いものをいくつか取り上げてみます。

 

・犬走(いぬばしり)…建物の外側に外壁に沿って造られた土間のことです。来客や不審者にいち早く気付いた飼い犬がそこを走り抜けて吠えているイメージが浮かびます。

 

・ねこ…手押しの一輪車のことです。なぜこう呼ぶのかはわかりません。

 

・でんでん…建物の外壁に沿って雨ドイが縦に設置されているのを見かけますが、このトイを壁面に固定するための器具のことで、たぶん「でんでんむし」に似ているのでこう呼ぶのでしょう。

 

・やっとこ…杭打ちなどで思ったより深く入ってしまい杭の長さが足らないために上から打ち継ぐことを言います。

 

・バカ棒…建物の基礎を水平に保つために一定の深さに地面を掘り下げるときなど、レベルという精密な測定機器を使います。このとき基準となる深さを記録するため、何でもない棒切れに線を引いただけのものを使って各所の深さを一定にします。この棒をバカ棒と呼びます。

 

他にも、斫り、ケラバ、がりょう、不陸整正、クレッセント、フーチング、本壁、真壁、切妻、片流れなど初めて知る言葉が沢山ありました。

 

そういえば、不動産業界にも面白い表現があります。例えば仲介に関する契約形態と仲介手数料の配分などでは、片手、両手、あんこ、仕切りなどの表現を使います。

また、㎡を「へいほうめ―とる」と読まず「へいべい」と読む人が圧倒的に多いと思います。

 

 

こういう言葉を駆使するだけでプロフェッショナルというわけにはいきませんが、語源を考えると、なかなか興味深いものがあります。

 

 

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2016年

9月

06日

新たな夢

「僕が住むことでこの街の価値が上がるようにしたい。」と言われたときは衝撃でした。

それは数日前のことです。私は長年不動産に関わってきましたが、こんな発想は持ちえませんでした。今までの経験から言えることは、住みたい街、住みたい家は十人十色で何でもかんでも人気ブランドエリアの高額物件に住むことが即その人の人生の幸せに繋がるとは限らないということです。その人の生い立ち、育った環境、家族構成、職場までの距離、健康状態、交友関係など、様々な要素によって、その人に最適な住まいがあって、それは一人一人違います。

 

それでも、より多くの人にとって最適と思われる住まいに人気が集まり、需要と供給の関係で価格の差が生まれます。いやいや、ここではこんな当たり前なことを主張したいのではありません。私を含む不動産業務経験者が不動産価格のエリア別分布に精通しているとしても、それはきっと誰か(神の手かも…)が示したものを受け入れて、その範囲でしか考えようとしなかったのではないでしょうか。これでは誰が買っても誰が売っても多少の巧拙、運、不運によって損益は違っても大きな差は発生しません。その場合、大きく儲けようと思えば、もうひとつの変動要因である時間の経過を利用する、つまり安い時期に買って、高くなるまで待って売る。これもひとつのやり方ではありますが、どうしても他力本願になってしまうと思いませんか?

 

それに比べて冒頭に紹介した言葉には自分で光り輝こうとするエネルギーを感じました。この発想は街づくりの開発と根底で重複します。街並みは開発によって姿が変わります。住む人の特徴も変わり、場合によっては、その機能も変わってしまいます。この発想を大胆にも一般住宅に当てはめようということでしょう。そのためには変化を起こす前の街の原型を知り、その町を地元意識で包み込む温かいハートと街の経年劣化に抗う強い意志に支えられた人たちによって明るい未来を志向した弛まぬ努力が必要です。

 

あ~あ、この稀有な試みによって結実した果実をほおばってみたい。そこには人々の幸せな暮らしとともに莫大な利益が期待できるような気がします。ここで、利益を享受することは目的ではなく目的を達成した結果、手に入る果実としておきます。

 

弊社にとって、これは、まだ、具体性を帯びる前の夢かもしれませんが冒頭の言葉が持つ衝撃力によって突き動かされるかもしれません。そのときは弊社顧問の一級建築士田邉先生と同じ夢を見させていただきます。

 

   

 

 

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2016年

8月

30日

自然現象の擬神化

今年も台風のシーズンがやってきました。日本列島のあちこちで猛威を振るって北のほうへ去ってゆく台風に対して日本では番号を付けて○○号と呼んでいます。特に甚大な被害を及ぼしたときは「伊勢湾台風」などというふうに特別の名前が付けられます。アメリカ大陸で発生するハリケーンはアルファベット順に女性の名前が付けられると聞いています。これはハリケーンを擬人化しています。

 

台風は言うまでもなく自然現象ですが、まるで映画の世界でゴジラが出没したときのように被害の状況とともに現在地と進路の予測に気を遣い、防災あるいは減災を呼びかけます。ゴジラは神ではありませんが、その破壊力と不死身であるとにおいて人智を超えていると言う点で擬神化といえるのではないでしょうか。台風についても然り。俵屋宗達の屏風絵「風神雷神図」に描かれた嵐の様子はまさしく擬神化されたといえるでしょう。こうしてみると似たようなことはたくさんあります。厳冬の季節、テレビの天気予報を見ていて冬将軍という白いヒゲをたくわえた勇ましい甲冑姿のシンボルマークが日付の並ぶ一覧表の上にポンとおかれ、この日はとても寒い日になることを表しています。

似たような言葉に「神格化」という言葉があります。これは、本来は神でないものを神として扱うことであって「擬神化」は人智を超えた現象を理解するための偶像と考えます。

 

この現象をメルヘンチックに描いたアニメとして「となりのトトロ」が思い浮かんできます。ヒロインの姉妹が森の主である「トトロ」にしがみつき、風となって田畑を吹き渡るシーンがあります。ストーリーの展開から考えると大して重要ではないのですが何故か印象に残っていて俳句の季語などで使われる「野分」という言葉を連想しました。これは秋から冬にかけて吹く強風のことで、まさしく野の草木を掻き分けて吹き渡る様子が擬神化されたトトロによって表現されていました。

 

さて、この擬神化ということは古今東西を問わず枚挙に暇がありません。そこには単に山紫水明を愛でるだけでなく自然現象に対する畏怖の念があるように思います。この気持ちを大切に自然と向き合うことが災害に備える第一歩ということはわかりきっているけど、すぐ忘れてしまうことのように思います。

 

ところで、地震を擬神化したら一体どんなふうになるでしょうか?よろしければコメントしてください。

  

 

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2016年

8月

22日

オリンピック

今月になって一番の話題は何といってもオリンピックでしょう。このところ、2020年開催の東京オリンピックに関連して「国立競技場の建設」や「シンボルマークのデザイン」また「開催都市として、どの都知事がふさわしいか」など、オリンピック本来のスポーツの祭典らしい話題からずれていることが多かったようです。それが、今月、リオデジャネイロオリンピックが開催されてから、本来あるべき姿の熱い感動が伝えられてきます。

 

これまで、オリンピックに関心が薄かった私でも、地球の裏側で活躍する日本人選手の報道に喝采をあげていました。加えて、どの競技においても各選手個人の能力を称えつつ、日本という国の特徴として団体戦に対する執着が強いと感じました。

 

実際に結果を出した例として、陸上競技の男子400mリレーのように個人では他のチームに及ばなくともチームワークでカバーした銀メダルがあります。また、個人の実力から見て順当であっても、意気込みを示す発言で「○○さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」とか「個人より団体での金が目標」などが聞かれました。

この現象から日本人の精神構造を紐解き、稲作の歴史にその理由を求めることは、いかにも陳腐な結論であって私の好みではありません。

 

スポーツの祭典として、平和な時代だからこそ実現するオリンピックの話題には似つかわしくないことは承知のうえで有事の際の安全保障問題へと考えを広げます。ここで「集団的自衛権」という言葉が日本の自衛隊の海外派遣に絡んで議論されるときに、オリンピックの団体競技の話を持ってくるとどうでしょう。さて、日本は同盟国同士をオリンピックの団体競技のように大切なパートナーとして律儀に行動するでしょうか?

 

 

如何に団体競技がお好みの日本であっても、この点においては自国の利益を最重点とした大人の対応取ってほしいと望んでおります。熱い夏を彩るオリンピックが終わって、今度は背筋が寒くなるような国際問題で世の中が騒々しくなるのではシャレになりませんね。

   

 

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2016年

8月

16日

エスクロウサービス(その2)~日本における取引の安全性~

前回はエスクロウ制度を利用した不動産取引の安全性について眺めてみました。それでは、エスクロウ制度がない日本においては安全性が確保されず危険がいっぱいなのでしょうか。いや、そんなことはありません。それに代わって、仲介業者が取引全体の流れを把握して、さらに専門的な知識を持つ司法書士や金融機関と協力しながら安全性に配慮しつつ取引を完了させています。

 

それでは、エスクロウの目的である取引の安全性とは本質的に何を意味しているのでしょうか?それは、「取引の完了のため、障害を事前に取り除くノウハウ」と「それでもやむを得ず中断する場合に関係者への影響を小さくして契約前の状態に戻すノウハウ」ではないかと思います。

 

前者の例を挙げれば、住宅ローンやときに繋ぎローンなどの利用による買主の借り入れをサポートし、売主の担保解除など資金と所有権の移動だけに留まらぬ手続き全体を円滑に行うことであります。司法書士との連携や買主・売主双方の取引銀行との緊密な連絡。当日の取引の段取りを手配し、間違いないように進めます。

 

後者のノウハウについては取引の各段階の時系列的な順序と、それぞれについて可逆性があるかどうかを把握していて、万が一のとき、どこまで後戻りできるかを認識しておくことが大切です。一度支払ってしまった資金を途中で返還してもらうことは困難であると言わざるを得ません。

 

また、一度引き渡した物件を残代金が足りないからといって取り返すことも、やはり不確定な要素を含みます。前回のお話しに戻れば、エスクロウ制度のもとでは取引が完了するまで中立の立場である第三者が、買主から支払われた代金を預かり、不足がないことが確認されてから物件の引渡しが行われ、物件の引渡しが完了したことが確認されてから預かっていた代金が売主の手に渡るので、売主、買主の双方が安心できます。

 

お客様が、ご購入またはご売却を決意される段階から無理なく取引ができるかどうかのアドバイスをし、取引相手を決めるときも、その信頼性について一緒に判断することになります。また、手付金や中間金の額についても不測の事態に備えて、違約金とのバランスを考慮して決めます。そのためにやるべきことは、取引の当事者であるお客様に寄り添い、親密な関係を保つことです。それは引越の準備や借入申込のお手伝いなど多岐に渡ります。

 

こうしたサービス全般が、エスクロウ制度のない日本において、不動産業者が果たす役割であることを強調しておきたいと思います。

 

 

 

 

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2016年

8月

08日

エスクロウ サービス

エスクロウという言葉を耳にしたことがある方は多いと思いますが、今回は、それが何を意味するのかを明確に整理してみます。英語の綴りは “escrow” です。もともとは「商取引において一定の条件が満たされた場合に代金を相手方に支払う約束のもとで第三者に預託する」といったことで、不動産の取引にかかわらず、広く一般の業態で使われる制度らしいのですが、それが日常生活において頻繁に経験するものではありませんよね。そこで、言葉の定義や解釈はこれくらいにして、今後、皆さんが不動産にかかわる取引において知っておいたほうがいいと思われることに絞ってお話しを進めてまいります。

 

「エスクロウ サービス」とは何なのか?の前に、この制度を不動産取引の安全性確保のために利用したのはUSAカリフォルニア州が始まりだそうです。また、私が実際に経験したのはハワイ州においてのみですから、この二つの州以外は同じUSA でも同じとは限りません。ご存知のとおりUSAは合衆国なので各州で法律が異なるので他の州の場合は要注意です。

 

さて、カリフォルニアで始まったこの制度は、取引の安全性の確保が目的であると記しましたが、それでは逆に安全性が損なわれる場合の事例を挙げてみましょう。不動産の売買において契約したことが、そのとおり実行されて取引が完了するためには売主、買主双方のそれぞれにやらなければならない義務と相手に要求できる権利があります。話を単純化すると、売主の義務は物件を期日までに空き家にするなど決められた条件の状態にして引き渡すことです。買主の義務は期日までに売買代金を支払うことです。そして、それぞれの権利は相手方の義務の実行ということになります。取引の安全性が損なわれるということは、どちらか一方が義務を果たせない(あるいは故意に果たそうとしない)場合に、相手方が既に何らかの行為の履行に着手しており、契約が中断することで損害が発生することを阻止できない状態とでもいいましょうか。

 

たとえば、自宅として使用している不動産の売却にあたって売主が引越先を見つけられず引渡しができなくなってしまった場合、買主は、その物件に引っ越すつもりで現在の借家契約の解約を申出てしまい、しかも引越業者に前金を支払ってしまったなんてことが想定されます。買主にとって災難としか言いようがない事態ですが何とかするしかありません。どう対処するかはともかくとして選択肢として売買契約の解除があります。そのとき、既に支払われている手付金等が無事に戻るか非常に不安定な状態になります。

 

 エスクロウ制度においては、エスクロウ会社という業態の民間企業が売主、買主からみて中立な立場で契約から取引完了までの事務(登記も含む)を司り、同時に中間で発生する支払金を完了時まで預かって最後に清算する仕組みになっています。これで、すべてが解決するわけではありませんが、少なくとも事例に挙げた不安定な状況の一部は解消されます。

 

次回はエスクロウなど存在しない日本の場合における安全性の確保についてお話ししたいと思います。

   

 

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2016年

8月

01日

季節の変わり目

先週末ようやく梅雨が明け、いよいよ本格的な夏が来ると思いきや、今朝、早起きして薄暗い中で耳を澄ますと虫の音が微かに聞こえてくるではないですか!実は今年最初に蝉の声を耳にした日、このコーナーで取り上げようとしましたが他に適当なテーマがあって取止めています。時期は6月下旬だったと思いますが、はっきりと覚えていません。今朝、蝉たちは秋の虫の音とは対照的に夜明けとともに今が盛りと大合唱を始めました。まるで次の季節がすぐそこまで来ていることを知って今、鳴かないと鳴くときがない、と言わんばかりです。

 

蝉の大合唱を聞きながら選挙カーから流れる大音量を思い出しました。こちらは自然界より一足早く季節が移り変わり、東京の街頭は落ち着きを取り戻しています。そして、今回の選挙結果を反映させて心地よい音色とともに実り多き秋がやってくることを期待してやみません。

 

今回の都知事選において主要な候補者の弁に耳を傾けると、国政で論じるべき問題が争点としてクローズアップされすぎている気がします。もちろん、首都東京の知事選ですから国政に与える影響は他府県とは異なることは言うまでありません。しかし、直前に行われた参院選の結果を引きずって、国政における勢力バランスが立候補の動機であるなどと言われると東京で育ち、東京で暮らす者はシラけたのではないでしょうか?

 

 

その他、特殊要因として東京オリンピックという一大イベントが控えています。これこそ、「やるんだ!やるんだ!」と蝉のように鳴くばかりではなく、実りの秋を実現してもらいたいと切に望んでおります。

 

 

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2016年

7月

26日

重要事項説明書は誰のためにあるのか?

前回、不動産の取引において契約書と重要事項説明書の二つが特に大切な書類であることを申し上げました。今回は、その重要事項説明書についてちょっと皮肉っぽい意見を披露してみましょう。

 

題名でひとつの疑問を投げかけてみました。誰のための重要事項説明書なのか?答えは取引の当事者である買主のためです。これから対象物件を購入しようとする買主に物件の状況や特性を事細かに説明し尽して安心して購入してもらうことは、この書類の大切な役割です。

 

一方、この書類が作成できるのは宅地建物取引士の資格を持った者でなければなりません。そして、その有資格者が所属する宅地建物取引業の免許を持つ不動産会社が発行します。そこで、何故、苦労して調査し何十ページにもなる書類を発行するかというと、お客様のお役に立つことと同時に仲介手数料をいただく為でもあります。仲介手数料をいただくにはこの書類に書かれた内容を書面によって有資格者が説明することにより買主に十分に理解してもらわなければなりません。そして、その証として買主の署名押印のある書類の原本を不動産会社が持つことになります。(他の書類は当事者が原本を持ち、不動産会社はコピーを持つことが多い)

 

弊社も含め、不動産会社が仲介手数料をいただくことは正当な報酬であって、お役に立った分、手数料をいただくことで生活の糧とすることに意義を感じます。

しかし、重要事項説明は仲介手数料の必要条件ではあっても、これだけやっておけば何が何でも仲介手数料を頂戴して構わない、と考えるのは「お客様を大切にする心」から外れています。

 

例えば重要事項説明は必ず契約書を交わす前(通常は直前)に行われますが、それが終了した後にきちんと契約が成立したにもかかわらず、何らかの理由で壊れてしまった場合なども考えられます。

この場合、取引自体は完了しませんが、それでも不動産会社は仲介手数料を請求することができることがあるようです。勿論、状況によってであることが前提です。つまり、重要事項説明さえすればよい、という考え方が仲介手数料のために独り歩きしてしまいかねません。

誠心誠意、お客様のために奔走した結果、このようになったとしても、取引自体がなくなって平気で手数料をいただく権利を主張することが商道徳の観点から適切でしょうか?

 

 

皆さんはどう、お考えですか?

 

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2016年

7月

19日

契約書の特約条項

不動産の売買を経験された人は付随する書類があまりに沢山あるのに驚き、また閉口したことがあるかもしれません。その中で特に重要なのが売買契約書と重要事項説明書です。売買契約書は取引の当事者である売主と買主が互いに取引の条件を取決め、その証として作成される書類です。そこに不動産業者の印鑑があったとしても、その立場は立会人であって当事者ではありません。

 

一方、重要事項説明書は立会人である不動産業者が取引の当事者に対して発行する書類です。その内容は対象物件の状況および取引の条件などについて専門知識を活用して説明しています。このふたつの書類に書かれていることは結果として重複する部分が多いのですが、それぞれ異なる目的で作成されているため両方とも重要です。

 

前置きが長くなりましたが、今回は数多ある書類の中でも特に重要な売買契約書において条文の末尾にある「特約条項」がテーマです。この部分を、最後にあるから、おまけ程度に考えると大間違いです。基本的に事前に記載された条文〈本文〉は一般の取引に対応するよう慣行に従い売主、買主双方に公正にできています。それに対して特約条項は規格どおりにいかない特殊な条件なので本文を修正したり補足するためのもので、十分に注意が必要です。私は社内で事前に契約書の確認を求められたとき、まず特約条項から読みます。

 

それでは、特約条項には一体どんなことが記載されているのか、具体的に事例を挙げてみましょう。

  ローン特約の解除

不動産を購入するとき金融機関からの借入金を売買代金に充てることは極めて一般的です。それを前提に買主が当初より予定の借入のため最善を尽くしたにもかかわらず、借入が金融機関の判断で不承認となったときは、買主の債務不履行とならず白紙に戻すことができる、ということをローン特約と呼んでいます。一般の契約書には最初からこの条文が記載されていますが買主が不動産業者であった場合などは特約条項でこれを否定することがあります。

 

  瑕疵担保責任の期限、範囲の変更

取引が完了し物件の引渡しを終えた後に不具合が見つかるということもありえることです。この場合、売主が知っていて黙っていたことはすべて売主の責任ですが、売主も知らない不具合を隠れたる瑕疵といい、一定の期限と範囲を定めて売主が修繕等の責任を負うことを瑕疵担保責任といいます。この条件も民法の範囲で変更が可能です。

 

  賃借権付き売買の容認

近年、取引が目立つようになった投資用マンションにおいて引渡しの時点で即、家賃収入が期待できるよう、賃借人をそのまま引き継ぎ、所有者のみが代わる場合、従来からの賃借人による占有を容認しておくべきでしょう。ところが規格どおりの条文では完全なる所有権を引き渡す、つまり第三者の占有などがない状態での引渡しが求められます。これを特約条項で容認して矛盾を回避します。

 

  近隣に不都合な施設、条件が現存もしくは近い将来予想されることへの容認

物件自体ではなく周辺の建物、環境などで不快感を持つ可能性については当事者ではどうにもならないので一応言及して容認してもらいます。

 

  対象物件を確定する根拠の変更(公簿か実測か)

対象物件の広さ(大きさ)を数字で確定することは価格に直結する重要な項目ですが、登記簿の面積と実測の面積では必ずしも一致しないのが通常です。それに対してどちらを根拠にしているか、また、その差異をどのように処理するかも条項本文と異なる場合は特約条項に記載することで明確にすることが多いです。

 

  その他、諸々

 

 

不動産の契約書に限らず、細かい字で難解な文章が続く書類でも、たぶん同じように重要な部分は特約条項など、追加された部分のような気がします。皆さんはいかがお考えですか?

   

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2016年

7月

11日

需要の創出・発見

前回につづき需要について考えてみました。需要という言葉で一般性を持たせると具体的なイメージが乏しくなるので、マンションの売買と賃貸借に限って、それぞれの需要をどう創出もしくは発見してゆくかに絞ってみましょう。

 

マンションの売買における需要とは何でしょうか?それを「買いたい!」と思う「欲求」だとすれば、その行為への動機はどこから湧いてくるのでしょうか?人が新たに住まいを欲しいと思うのは、住環境が相対的に劣悪化したときと考えます。具体的な例を箇条書きすると、

 

1.    経年劣化によって美観、設備等の利便性、安全性が損なわれる。

2.    婚姻によって新世帯が加わり、同居では手狭になる。

3.    出産によって家族が増え、手狭になる。

4.    転勤・新入学で通勤・通学のための利便性が損なわれる。

5.    近隣の住環境が変化して違和感がある。

 

しかし、マンションを購入する人は自分が住む場合ばかりではありません。所有マンションを貸して家賃を稼ごうという目的で購入することもあります。いわゆる投資です。また、マンション価格には上がったり下がったりの波があり、それを利用して売買差益を得ようとする人もいます。こういった人たちには先に書きだした条件を単純に当てはめることはできず、むしろ預金金利や株価といった他の投資との優位性のほうが重要かもしれません。しかし、そうであっても家賃収入が高値で安定することが投資家の需要を喚起する要因として根底にあります。そして、そのためには賃貸借における需要である賃借人の「借りたい!」という「欲求」が高まることが重要だとすれば、その動機は売買で箇条書きにした住環境の劣悪化と重複する。つまりは売買も賃貸も別々のマーケットではなくて、どちらも住環境の相対的な悪化に抗う方向で需要が発生するという見方もできます。

 

回りくどい言い方で理屈をこねくり回しましたが、住まいの価値の向上こそが需要を発掘する鍵と考え、弊社では、これを一言で「バリュアブル」と表現しています。

 

これからもバリュアブルのために何ができるかを売買または賃貸借の片方に限らず、提案し続けてゆく所存です。どうぞ御愛顧の程、よろしくお願いいたします。

   

 

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2016年

7月

05日

電話セールスから思うこと

誰もが経験していると思いますが、弊社にもよくセールスの電話がかかってきます。見知らぬ電話番号(ときに0120で始まる)からかかってきて、いきなり元気よく商品やサービスの説明を始めたがる、あの電話です。ほとんどの場合、こちらにとって必要のないもの(サービス)ばかりです。それは消費者側ではなくて供給する側の都合でかけてくるわけですから当然です。言うなれば、相手が必要かどうかわからないものを電話で売りつける行為ですから成功率は極めて低いと思います。

 

ニューヨ-クの証券界を描いた映画のワンシーンに、かつて世間に名を轟かせた証券マンがインサイダー取引と株価操作の罪で収監され、落ちぶれた末に経験談を執筆して食繋いでいる姿を描いたものがあります。主人公は、自分の本のプロモーション講演でジャケットの内ポケットからおもむろにペンを取り出して、聴講者の数人に対しておもむろに「たとえば、このペンをセールスする為に、あなたならどうしますか?」と尋ねます。答えはどれも似たようなもので、ペンの特色や性能を褒めていました。そこで主人公は、颯爽と「私ならこうする」と言い放ち、「今すぐ、ここにサインを!必要ならペンはここにある」

これは、改めて解説するまでもなく、需要が無ければどんなに素晴らしい商品でも売れない。需要が無ければ需要を作り出せ!と言いたいのでしょう。

 

ここで電話セールスの話に戻します。これまで電話にしても訪問にしても弊社にセールスしようと接触してくる商品は複写機(複合機を含む)、電話機、電話回線、株式投資、重機・車両の買取、高利貸、手形割引、投資用ワンルームマンション、リゾートマンション及びその会員権、お歳暮・お中元用の特産品、人材派遣、経理・税務代行業etc.

 

しかし、このセールスで弊社が購入することは、これまで一度もありません。その理由としては、やはり必要としない商品はいくら優れていても、いくら勧められても購入には繋がらないのです。先の映画ででてきた「需要の創出」は重要であり、それができなければセールス活動は花開かないのです。

 

次回は需要とはどうすれば創出、発見できるかを考えてみたいと思います。

 

(つづく)

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2016年

6月

13日

女性が活躍する社会

 アメリカ合衆国の大統領選挙は民主党、共和党それぞれの候補が決まり、いよいよ大詰めを迎えようとしています。お二人の政策や思想について論じるつもりはありませんが、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が女性であることに着目して少し私の考えを記してみたいと思います。

 

女性であることに着目することと矛盾しますが、女性であるがゆえという理由のみで特別視することは、たとえ称賛であっても好ましいと思えません。そこには、「もともと女性だからこんなものだ。それにしては、よくやるね。」といった蔑視の気持ちが垣間見えるからです。男性であろうと女性であろうと、その仕事(役割)に最もふさわしい人が担うべきことです。

 

ここで日本の歴史上、政治の分野で活躍した、あるいは活躍している女性の名を頭に浮かんだまま並べてみましょう。

 卑弥呼 推古天皇 北条政子 日野富子 土井孝子 他にもたくさんの人がいたと思いますが、このくらいで留めておきましょう。このうち政子と富子は当時の最高権力者の妻あるいは母親として実権を握ります。そういえば、ヒラリーさんもビル・クリントン氏のファーストレディーが政界デビューのきっかけでした。

 

土井さんは参議院において首班指名を受けながらも衆議院で指名獲得が果たせず、それでも三権の長である衆議院議長を務めました。一方、海外に目を転じるとイギリス王エリザベス一世、現在の王であるエリザベス二世、「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー、現役の政治家にも韓国の朴畝さん、ドイツのメルケルさん、またペルーのケイコ・フジモリさんも話題の人です。

 

再び日本に話題を戻すと、このところ稲田朋美さんが注目度UP!もしかして日米独に韓と大統領、首相に女性が就くこともあり得るかも…

それが女性だというだけで物珍しく話題にしているわけではありませんが、洋の東西を問わず、人類の歴史の中で女性が表舞台に立つことが、あまりに少なかったことを考えるとトレンドの変化を感じずにはいられません。

 

 

政治家の皆さんは性別とは無関係にご自分の役割を自覚して持てる能力を十分に発揮していただき、くれぐれも議会において「セコイ」などと罵声を浴びることのないようお願い申し上げます。

  

 

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2016年

6月

06日

報われた年金二重払い

先週、出勤の準備をしている私に妻が何気なく世間話のように話しかけてきました。

「昨日、○○さんとランチしたときアメリカの年金の話が出たんだけど、うちも当てはまるんじゃない?年金もらえたら嬉しいね!」

私は一瞬、そんな馬鹿な!と思い、「確か10年以上アメリカにいないともらえないはずだけど」と受け答えしました。「でも、お友達でご主人が駐在員をしいてた人は62歳になると皆もらってるらしいよ。その代わりに手続きはかなり面倒らしいけど」

そして、具体的な名前がでてくると説得力が増してきます。

 

半信半疑ながらも一度調べてみる必要があると思って、少し手が空いたときインターネットで調べてみました。すると嬉しいことに2005年に日米間に新たな協定が締結された結果、米国で1年半以上かつ日米通算10年以上の年金加入期間を満たせば受給資格があるとのことです。

 

私は、かつて米国で仕事をしていたとき、日米両国に二重に掛け金を支払っていました。当時の法律では米国からは支給されず、いわば掛け捨てになってしまうことを口惜しく感じたものです。それにしても知らないままでいたら年間で数十万円の受給額を無駄にするところでした。

 

妻との何気ない会話から始まったことですが、好い話を聞いて得した気分です。妻に感謝します。年金の話が身近になるなんて思うと自分の年齢を改めて自覚して少々、複雑な気持ちになります。

日米両国から年金を受け取る日を夢見て、長生きできるよう健康に注意したいと思います。

 

 

 

 

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2016年

6月

01日

新社名となって一年

 昨年の61日をもって弊社の社名を「タケイチバリュアブル不動産株式会社」に変更して、ちょうど1年が過ぎました。これを機に弊社の一年を振り返ってみようと思います。

まずは、実際に起こったエピソードから弊社が何を目指しているか、また何がどう変化したかを読み解いていただきたいと思います。

 

 

 エピソード1

当日の朝、自分の名刺を電話に貼っている者、新社名を何度も唱えて練習している者・・。キャリア豊富な社員達がまるで新入社員のような緊張感。

電話が鳴る。一発目の電話。誰が出る。一瞬の間。意を決した社員が出た。皆聞き耳を立てる。社名を言う。噛んだ。やはり、噛んだ。笑い。緊張がほぐれた。しかし、この噛み噛みはしばらく続くのであった・・・。

 

ところで「バリュアブル」って、何? 社内外を問わず、当然の質問。弊社のスローガンを、思いを、本気で込めた言葉。最初は自分達にこそ言い聞かせるように言っていた言葉。

この1年、言葉の発音だけではなく、きっと、その意味も浸透したと思います。まさに「言葉は言魂」ですね。

今となっては懐かしさも感じるエピソードです。

 

エピソード2

弊社の決算が改善してきています。と言っても、数字的にはまだまだです。では何がかと言うと、取り組み方・考え方を新しい社名に則って行った成果が少しづつ決算内容に反映してきているのではないかと感じるのです。弊社の役員・社員が確実にワンアップしたとヒシヒシと感じます。しかし、出来ていないことも当然あります。お客様へのお役立ちを考え、出来たこと、出来なくて課題として残ったことを織り交ぜて、さらに改善していかなければなりません。社名変更から丸1年経った今日、弊社はもっと改善していけると意を強くしております。

課題がいっぱいあるって、大変ですが楽しいですね。

 

 

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2016年

5月

25日

迷子になって

 最近、ときどき目的地になかなか辿り着かず、いわゆる迷子になることがあります。最初から地図を準備して見ながら歩けばよいものを、つい面倒で出発前にザッと眺めて、その記憶を頼りに歩きだします。それでも概ね近くまでは行くのですが、最後に角を一か所曲がり損ねたり、早く曲がってしまったりで周辺をウロウロしてしまいます。

そんなとき、頼りになるのが住居表示です。○○三丁目45号などと路面に立っている電柱に金属製のプレートが貼ってあったり、建物の表札に名前と一緒に表記してあったりします。

先の例でいうと、比較的大きな道路で四方を囲まれた部分が三丁目だとすると、その部分をさらに道路を境に細分化したのが4番で、その中に10軒の家があれば各建物に1号から10号が順番に割り振られています。このことは地図を眺めてみれば一目瞭然で当然と思っていました。

 

このコーナーで何度か海外に住んでいた経験について書きましたが、国や地域によって住所の表記の原則が変わってきます。私も多くの事例を知っているわけではありませんが、かつて住んでいたハワイでは地名がABCというエリアがあったとします。日本でしたら、このエリアを細分化して一丁目から順番に命名されるところ、彼の地ではエリア内に通っている道路の名前を表記し、その道路の両側に面している建物に順番に番号を振ってゆきます。道路の呼び名にはアベニュー(Av.)、ドライブ(Dr.)、ストリート(St.)などが使われます。例えばABC  XYZ St.777 のようになります。原則、道路に接していない建物はないということでしょうか。

その他に日本と違っていたのは住所の表記はあっても表札のような氏名を表記したものは一切ありません。初めてのお宅に訪問するときは日本で迷ったときのようにはいきませんね。

 

 そんなことよりも迷子にならないよう、出発前にしっかり調べて迷わないようにしたいと思います。

 

 

 

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2016年

5月

16日

バブル崩壊から学ぶ

このシリーズの初回に「歴史は繰り返す」と記しました。一昨年秋に2020年東京オリンピックが決まってから都心部の不動産価格は高値で推移しています。それだけでなく、バブル崩壊から現在まで価格のグラフは山と谷を繰り返しています。その度に儲かる人と大損をする人がいて悲喜交々。それでも最初に押し寄せた大きなバブルほどの狂乱は起こりませんでした。それは過去を振り返り多くのことを学んだからだと思います。

 

ということで、バブル崩壊の被害に会わなかった人について話を進めます。一つ目のタイプはバブルに乗じて不動産を購入もしくは元から保有していたものの、崩壊する前に売り逃げた人たちです。これは、ごく一部の人です。バブルのとき、同じ不動産が何度も取引され、そのたびに値上がりしてゆきましたが、最後にドーンと値下がりしたときの所有者が損をします。しかし、こうなることを予測してドーンの前に全ての不動産を売却した人は稀で、多くの人はまだ値上がりすることを夢見て別の不動産を取得するか、すべてを売却せず残しておいたため、大なり小なり被害を受けたと思います。よくトランプゲームのババ抜きに例えられる話ですが、最後にババを引かなければ儲かりますが日本中の不動産が一律に値下がりし、どれを引いてもババといった状態でした。

 

もうひとつは、賃料等、不動産から得られる収益を計画的に見込んで取得する人です。通常、家賃相場は売買価格ほど大きくぶれません。それは、賃貸借契約は23年の契約期間中は賃料を変えず、契約更新や退去後の新規募集のとき、はじめて賃料が変わるということも理由のひとつです。このような考え方がバブル崩壊の教訓として認められるようになり、前述のように不動産の価格を決めるときの方法のひとつとして定着するようになりました。将来の収益の予想とそれに基づく不動産の現在価値を計算するため、 Discounted Cash Flow(DCF)なども導入されるようになって、特に投資用不動産やそれを小口化した金融商品(REIT)が開発されるようになりました。

 

前者のババ抜きは経済情勢を読み切る情報力により成功するかもしれませんが、どうしても偶発性を否定できません。その点において弊社の収益構造の基盤とは考えられません。それに対して後者の賃貸収入は不動産の価値を見極める選球眼とバリュアブルを実現するノウハウを武器に物件保有、管理を緻密な計画により実現できれば、確実性の高い事業として弊社の基盤になると信じています。

 

以上、バブルをテーマに私の勝手な解釈を披露してきましたが、その中で私が選んだ事業は賃貸収入という安定した基盤のうえに利益率の高い不動産売買をバランスよく組み合わせることです。日頃から申し上げている弊社の目的を実現する手段としてトライしたいと思っています。

 

 

(おわり)

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2016年

5月

09日

バブル崩壊後のトンネル

 放っておけば、どこまでも膨張し続けるかに思えたバブルも、政府・日銀の強引な政策が皮肉にも功を奏して、これまで経験したことのない異変が顕著になってきました。まず、取引の前に届出が必要となり、迅速な契約ができなくなりました。売主、買主互いに価格や条件で合意しても、それから届出をして、受け付けてもらうまで2か月くらい日数がかかります。これで購入して直ぐに売却すること(いわゆるコロガシ)ができなくなりました。また、購入すれば必ず値上がりすることを前提にお金と物件をセットで揃えて持って来ていた銀行も、すっかり貸し出しに消極的になってしまいました。そしてイラクのクェート侵攻とそれに対抗するUSAを中心とする多国籍軍の宣戦布告。いわゆる第一次湾岸戦争を境に完全にバブルは弾け飛んでしまいました。

 

その後、不動産市況は長らく低迷を続けることになりますが、その間、立場の違いによって被害の程度やその原因が大分異なっていました。たとえば、仲介業者の場合は不動産が値下がりして取引価格が小さくなった分だけ手数料が小さくなりますが、取引件数を増やせば何とかやっていけます。売主も買主も金融機関から借入さえなければ窮屈な思いはしますが何とかやっていけます。悲劇の主役は金融機関からどっさり借入をして不動産を取得したままバブル崩壊を迎えた人たちでした。

 

 買って持ち続ければ必ず値上がりすると信じた人たちは、銀行が勧めるままにお金を借りて、どんな不動産でもとりあえず買ってしまい、借入金の返済に困れば高値で売って借金を返済して余ったお金が儲けになるはずでした。ところが、バブルが崩壊して不動産価格は急落し、売るに売れません。購入するとき自身で利用することや投資用として収支まで考えないで取得した場合がほとんどで、後には役に立たない不動産と巨額な借金だけが残りました。

 

 この後始末に10年が費やされ、借金苦の中で沈んでゆく当事者は勿論のこと、不動産業や金融機関も痛みを分かち合い、それだけでは足りず、いくつかの企業が生贄として消えていった。といいうのが私の目に映ったトンネル内の概要です。

 

 ところで、このお話において被害を受けなかった人たちがいると思いませんか?次回はそのことに絡めて弊社の不動産投資に対する考え方に言及して終わりたいと思います。

 

(つづく)

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2016年

5月

02日

政府・日銀によるバブル一掃政策

前回はバブル期までの不動産価格が近隣の事例を参考に決まっていたことを申し上げました。今から考えると、ひとつの方法に偏っていると感じますが、当時はそれが当たり前でした。そして、この問題について語るとき、もう一つ大切なことは「土地は必ず値上がりする」と多くの人が信じていたことです。バブルが崩壊するまで、それは神話と呼ばれるくらい常識として定着していました。背景としては戦後日本の目覚ましい経済成長がありました。人口減少が重大な問題として取り沙汰される前のことでした。

 

大きなトレンドとして値上がりが半ば常識であるところにきて、近隣の取引事例だけが価格決定要因である市場において、金融緩和という触媒が加味されて出来上がった妙薬バブルにとっては、何をやっても怖いもの知らずの状態で日本社会を狂乱のお祭騒ぎへと駆り立ててゆきました。

 

その頃になると、これは流石に行き過ぎだろう、と感じることが多くなりました。不動産の仕事にかかわりのある人は超好景気を満喫する一方、その方面に縁の薄い人は常識外の価格高騰にマイホーム購入も絶望的になり、社会の健全性が損なわれる状態にまで達していたと思います。そこで登場した日銀総裁の三重野氏は、「バブル退治」の旗を掲げて政府と一体になって不動産取引に様々な制約を複合的に課してきました。その政策は一定の規模を超える不動産取引の届出(国土法)を義務付けるなどです。また、金融政策では不動産に関わる融資の総量を規制するなど、まるで燃え盛る達磨ストーブに冷や水を浴びせかけるようなやり方でした。

 

バブルが巻き起こした狂乱景気を肯定できない私ですが、当時の冷や水政策については、それ以上に否定的な見方をしています。それは、その後に経験する長く暗いトンネルを嫌悪する気持ちからではなく、当時からあまりにも反作用を考慮しない極端過ぎる政策だと思っていたからです。残念ながら、その後のトンネルが、そのことを実証することとなりました。

 

次回はトンネルの中のあがきについてお話したいと思います。

 

(つづく)

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2016年

4月

25日

これってバブルなの?

前回、不動産の価格が異常に高騰したとき、その中には本来の価値にビールの泡に例えられるバブルが上乗せされていたことを記述しました。それでは、本来の価値とはおいくら?ビールの場合は一目でわかりますが、不動産の価格ではどのあたりが妥当なのでしょうか。

 

不動産の価値を算出する専門の職業があります。不動産鑑定士といって非常に難関な資格試験をパスした後に実務経験を経て就く権威のある職業です。この人たちの算出方法を不完全ではありますが真似てみましょう。

不動産価格の算出方法には3通りあります。以下に示すとおりです。

・近隣の取引事例との比較(比準価格)

・土地の造成費用や建物の建築費用などを積算(積算価格)

・対象不動産から得られる収益と期待利回りから逆算(収益還元価格)

 

同じ不動産でもこの3通りの方法で算出すると、ほとんどの場合、それぞれ異なる価格になると思います。この三つの数字を元に対象不動産固有の特質を考慮して、ときには平均値、ときには重みづけを変えるなどして理論値を導き出します。

その過程において様々な状況に合わせた判断をしなければならないことがあります。たとえば、近隣の事例と比較するとき、どの要因がどのくらい有利〈不利〉に働くか?工事費用を積算するときも技術的な判断を求められます。期待利回りから計算するときだって刻々と移り変わる経済情勢の中で妥当な数値を判断しなければなりません。こうして苦労の末に出てきた価格が鑑定価格ですが、実際の取引においては、鑑定価格は参考程度にしかならず、なんの関係もなしに取引が行われます。

 

極論を言えば、不動産の取引において価格が決定するのは当事者である売主と買主が双方納得した数字であって、その他の数字は合意にいたるまでの参考資料でしかありません。そして、これら参考資料の集積が不動産の相場を形成し、売主と買主のマインドに影響をもたらしますが、バブル期の価格形成を振り返って特筆しておきたいのは、上記3通りの算出方法のうち比準価格だけが判断根拠になっていったことです。価格上昇の連鎖が止まらなかった理由はここにあると思います。

 

 

次回はバブルの崩壊をテーマにお話しを進めてまいります。

  (つづく)

 

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2016年

4月

21日

被災された方々に慎んでお見舞い申し上げます

 414日の夜、熊本を突然、襲った巨大地震。その後、最初の「揺れ」に匹敵する余震が続き未だ収束の目途が立たないとのことです。被災された方々に対し慎んでお見舞い申し上げます。

 

今回の災害において、お気の毒なのは、なかなか収束せず長引いているため、またいつ揺れるかと不安な気持ちでいなければならないことに加え、災害が広域に及んでいるため避難場所が安全とは限らないことでしょうか。実際に不自由な生活を強いられるだけでなく、新たな災害に備え気を配らなければならないかと慮っております。

 

 

東京に住む私たちにどれほど理解できるかわかりませんが、できる限り関心を持ち、お力になれることを望んでおります。

 

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2016年

4月

18日

ブログの題材選び

 これまで「社長のつぶやき」として言いたい放題、書きたい放題にやってまいりました。

お陰様で、この半年間これまでの人生の中で最も自分の気持ちを表に出したような気がします。それができたのは題材を選ぶ際に自身の興味の範囲で選んできたからだと思います。それでも、最近はネタが尽きて原稿を催促されることが多くなりました。

 

 これを機にブログの在り方について考えてみました。いかに「独り言」でも読んでいただく方が何に興味をお持ちかを考えないで言いっ放し、書きっ放しでは苦労して文章を捻り出す甲斐がないじゃないか。ということで同じ苦労をするなら、今後は、皆さまのお役に立つ情報をお届けできるよう努めてまいります。皆さまの方からも何か私に書くようにリクエストしていただければ、拙い経験の中からでも一所懸命になってキーボードを叩く所存です。どうぞよろしくお願いします。

 

さて、それでは手始めに私の若い頃に経験した「バブルとその崩壊」について次回からシリーズで書き連ねてまいります。なぜ、この題材を選んだかというと、それは、よく言われるように「歴史は繰り返される」からです。私は1983年に社会人となりましたが、バブルの傾向が顕著になったのは1988年頃だったと思います。そして、1990年に絶頂期を迎えて1991年の1月に第一次湾岸戦争を合図に崩壊したと思います。その後に続く長く暗いトンネルの話も機会をいただき書いてみたいと思っています。

 

 ところで、バブルと命名したのは誰でしょうか?ホントにピッタリの名前だなぁ、と感心します。グラスに注がれたビールを思い浮かべるとき黄金色のビールの上に白い泡が美味しそうに乗っています。それは、ときに半分近く(それ以上のこともある)に達してグラスの中の大きな体積を占めます。しかし、所詮は泡なのでフッと吹けば飛んでなくなってしまいます。

 

1988年頃、日本の不動産市場にビールの泡に例えられる頼りない価値が本来の価値に上乗せされて結果として価格が高騰しました。なにせ、どんな不動産でも暫く持っていれば値上がりするので売り手はハッピー、買い手も次は自分が儲ける番だと取得に奔走し、仲介業者は取引が増えて手数料が増え、金融機関は貸付が増えるといった全員がハッピーな状況で市場は加熱してゆきました。

 

次回は不動産価格の形成要因について私見をご披露したいと思います。

 

 

(つづく)

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2016年

4月

11日

広島における国際会議

先進国外相会議が広島で開催されました。各国の外交担当閣僚が一堂に会するとなると、話題は世界平和に向けてそれぞれの国が何をすべきかであってほしいと願っています。また、今回は開催地が広島であることが大きな意味を持つことがマスコミによる報道で繰り返し叫ばれています。理由は言わずもがな、「広島は世界で初めて核兵器が使用された都市」であり、もう一つの被爆都市である長崎とともに核兵器に反対する象徴的役割を成す都市だからです。

 

広島に投下されたものは原子爆弾、それに対して長崎には水素爆弾が投下されました。「平和への願い」から見れば、この二つの爆弾の違いは全く意味をなさないことで、どちらもおぞましい核兵器です。しかし、原子爆弾の原理は原子の核分裂が引き起こす巨大なエネルギーを利用しているのに対して、水素爆弾のほうは核分裂ではなく核融合を引き起こしているということです。こう聞いてしまうと、この世にあってはならない、あるいは存在してほしくない代物でも、理系の私としては好奇心が大いにくすぐられてしまいます。

 

ところで技術的な総合力をもって初めて核開発が可能となりますが、そもそもの原理はアインシュタインが提唱した相対性原理を理論的根拠としています。それを数式で表すと

E=mc2                 

となります。

この式は左辺のE(つまりエネルギー)と、右辺のm(つまり質量)とが互いに変換するという見方もできます。物質は核分裂(核融合も同じ)する過程でほんの僅かでも質量が減じると、それにc(光の速度)の二乗を掛けた莫大なエネルギーに変換するということです。

 

 

この原理を発見したアインシュタイン本人は広島、長崎の惨状に大変心を痛め、晩年は核廃絶に尽力したと聞いています。私たちは被爆国で育ち、核兵器がいかに罪深いかを学んできた一方で、核の平和利用についてはポジティブなレスポンスを示すことに慣らされてきたと感じます。しかし、東日本大震災による一連の原発事故とその処理を鑑みると、核に対する新たな思いを広島や長崎に付け加える時代なのかもしれませんね。

   

 

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2016年

4月

05日

新聞やめました

昨日、23歳からずっと愛読してきた日経新聞の購読を取止めました。といっても毎朝、自宅の郵便受けに配られる紙に印刷されたものを取止めただけで、電子版については今後も有料で購読するつもりです。これまでは電子版でホットなニュースをチェックし、興味深い記事や「なぜだろう?」と疑問に思う記事については紙面でじっくりと読み、同じ紙面に解説記事などが掲載してあれば一字一句、丁寧に読んでいました。この読み方は電子版で見出しを眺めてから記事を選択して読むので自分で興味があること以外は切り捨ててしまいます。効率はいいのですが何か新聞を通して未知の教養を探求することとは少し異なる読み方でした。

 

23歳で購読する契機となったのは、就職を翌年に控えた初夏、会社訪問のために社会人として常識を身に着けようと思ったからです。そして就職してから、ほぼ毎日、単に日課というよりも、より強い義務感をもって一面から最終面の「私の履歴書」やコラムまで目を通すようにしていました。その頃、前の晩に摂取したアルコールの影響で苦痛を感じる朝でも比較的、記事の内容が平易なものが多いということで後ろの面からページをめくるなど工夫しながらも日々、新聞に慣れ親しんでいました。

 

転機は約5年前、就職した娘が従来の新聞購読契約に電子版を付加して、娘本人は電子版を読むことを提案してきました。それまで紙面の隅から隅まで目を通していた私でしたが、これ以降、徐々に電子版で記事を取捨選択するようになったのです。

 

ところで数年前に北アフリカや中東の一部において所謂ジャスミン革命と呼ばれる政権交代の連鎖があったこと記憶に新しいと思います。そのとき、マスメディアによる報道とインターネットを通して現地市民からの投稿記事との間にズレがあることが指摘されるようになりました。それは、どちらか一方が事実を捻じ曲げているのではなく、たぶん、それぞれの立場の違いからくる解釈の違いなのでしょう。そういったことに触れてから私のこれまでの習慣であった新聞の熟読が崩れていきました。そして、ただ起こった、あるいは起こってしまった事実だけを正確に知ったうえで、新聞、テレビ等の報道から受ける先入観を避けて評価したり対処するよう心がけています。

 

 

日経新聞の電子版によってスピーディーに知り得た事実を自分なりに判断して日常生活、仕事の将来といった、大げさに言えば今後の人生に活かしてゆくためには記事を取捨選択するセンスとより深く、しかもフェアに解釈するネットワークを身に着けていきたいものです。

    

 

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2016年

4月

01日

不動産価格の天気図

本日、41日は弊社にとって年度始めです。昨日までを振り返り、これから始まる一年に向け、新たな決意をもって第一歩を踏み出す日です。また、企業にとっては単に気持ちの面における第一歩に限らず、この一年の成績表とでもいうべき決算書をまとめ上げる基準の日です。そして、決算書の数字を基に税務申告をし、来期以降の事業計画を描くことを考えると非常に大切な日です。

 

昨年度の決算書は、これからまとめるので数週間を要します。話題にするのはそのときとして、今回は弊社の事業を決算書から自己分析してみます。まずは、売上の大部分を家賃収入が占めていることについて言及します。この数字は非常に安定していて、事業の根幹をしっかり支えています。しかし、いくら営業努力しても上限があって、稼働率100%の状態は超えられません。ちなみに弊社は現在、100%を達成しております。この事業を拡大するには、新たに賃貸用の不動産を購入する必要があります。これまでの一年間、ずっと探してきましたが、ようやく2日前の330日に大田区池上に新たな物件を取得したので、今日から始まる一年の売り上げに大いに貢献してくれるはずです。

このほかにも購入後、その不動産の特徴を見極め、リフォーム等によりバリュアブルな商品に仕上げて、すぐに売却することもあります。いずれにしても不動産の売買は日常的であり」、不動産価格は弊社の関心の的です。

 

不動産の価格はエリアによって異なり、また時間によって変化します。その点において気象現象における天気図になぞらえて表すと直感的に理解しやすいかもしれません。昨今、天気予報の精度が格段に上がっていますが、不動産価格にも天気図のようなものができて、予報が当たるようになってくれると嬉しいですね。

 

 

明日天気にな~れ!

  

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2016年

3月

25日

不動産取引におけるお金の動き

不動産を自身で売る、買う、また、お客様所有の不動産を仲介するとき、動かす金額が数百万円から高額の場合は数億円になることもあります。当然、このとき多額の現金を目の前に揃えて札束を数えて受け渡すといった方法は出来るだけ避けて、支払元の銀行口座から相手の銀行口座へ振込む等の方法を採ります。現金は数えることや盗難、紛失を考えると扱いにくい代物です。

 

それでも、ごく稀なケースとして多額の現金を受け渡した経験をお話します。

自宅の売却に際し、その自宅には売主が物件購入時に利用した住宅ローンの抵当権が附いていました。さらに、生活費のために借金をしたことで、第二順位の抵当権が附いていました。また、共同生活者と称する方が、購入時の自己資金は自身が負担したことを理由に物件を占拠しており、売却するのであればその分の返還が退去の条件であると主張していました。

 

交渉の結果、お金さえお支払いすれば鍵を引き渡していただけることになりました。通常であれば分配されるべき金額について、それぞれ関係者の指定口座に振り込むことになります。ところが、売主と共同生活者との関係が微妙で、返還金額は取引終了後に二人で決めたいとのご希望でした。このとき、抵当権者へ返済する分のみを振り込み、売主と共同生活者が受け取る分を現金にすることも考えられました。しかし、振込み手続きが完了する1時間余りの間に、二人の微妙な関係がもとで引き渡しができなくなることを危惧し、全て現金で処理し、その場に二人を残して一同は立ち去り、取引を完結させました。

 

現金は取扱いの安全性という点で決済手段として好ましくないことは前述のとおりですが、自由に分割できることや余計な手続きを必要とせず、受け取った瞬間から使用できる特徴を生かして、この時は取引自体をスムーズに進めることができました。

 

この事例の背景として、不動産の取引は「一期一会」のことが多く、信用買い、つけで買って後払いということは馴染まないということが挙げられます。そこで、決して相手を疑っているわけではないのですが、不正が起こりえない手順や確認事項に十分配慮し、たとえ悪意がなくても手違いで片方が取引を続行できない状況に陥ったときも含め、相手に迷惑がかからないよう現状復帰できる段階で一度状況を整理し、そこから先は双方の「同時履行」を原則とします。

 

今回は、主に現金による金銭授受の問題点とそれでも敢えて利用したことについて述べてきましたが、それに限らず「同時履行」となるよう様々な工夫がされます。扱う金額が大きいこともあって慣れないと神経が磨り減る思いですが、原則を理解して創意工夫し、思惑通り取引が完了したときの達成感はたまりません。

 

だからと言って、決して現金での取引をしたがるわけではないことを最後に付け加えさせていただきます。

  

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2016年

3月

17日

春を迎えて

 季節は移ろい、今や春を迎えようとしています。人々の話題は「気温の変化」から、やがて「桜の便り」になり、今年も新しい春の訪れを感じさせてくれます。

今年の春を新鮮に思う一方で、世間では「今年もまた」とか、「例年とは違い」などという言葉でこれまでの春と比較するのも常です。何はともあれ季節が移ろうことで時間が止まらず常に流れていることを実感しています。

 

さて、この季節、頭の中は桜のことばかりでは済まされず、315日が提出期限の確定申告に追われていた方も少なからずいらしたと思います。また、法人として3月に決算を迎える場合は、これから暫くは散りゆく花びらを惜しむ風情より、その咲いた数と散る数を計算するが如き作業に追われるのでしょうか?

 

 弊社も3月が決算月なので、この一年の企業活動の成果をまとめています。それは、お世話になった皆さまへのご報告に加え、来期計画書を作成するために不可欠なものです。未完成ということもり、このコーナーでその内容について詳しく述べることはしませんが、その根底で土台を成す考えとして、私が思い描いている会社の在り方を以下に列挙します。

 

・ありのままの桜を愛でるが如く、ありのままの状況から目を背けない。

・毎年、新鮮な気持ちで桜の開花に臨むか如く、前年度にないことにチャレンジする。

・今年の桜の美しさばかりに気を取られるのではなく、来年以降もずっと咲くことに心を配るが如く、事業の将来性を大切にする。

 

 

これから作り上げる事業計画を、このような考え方を織り交ぜて、目的と為すべきことの方向性が明確に示されているものに仕上げたいと思います。そして、これを目にした方に弊社の未来に希望と信頼を持っていただきたいと切に願っております。

   

 

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2016年

3月

11日

過去の話

弊社が所有する部屋にお住まいいただいている方々、過去にお住まいただいたことがある方々について印象に残るエピソードをいくつか書きとどめておきたきます。

 

(1) 大井町西口のワンルームマンションに約2年間、住んでいただいた20歳代後半の独身男性のケースです。家賃滞納もトラブルもない品行方正な方は特に接触する機会がないので印象が薄いのが普通です。この方も退去するまではそういう方でした。

 

転勤で北関東に引っ越されるにあたって手順通り手続きを終え、お部屋を空っぽにして出て行かれるとき、「このマンションが大変気に入っていたので引っ越すのが残念」と言っていただきました。それからもう一言「次に引っ越すときもタケイチ所有のマンションを借りられると嬉しい」とまで… 弊社としては大感激でありました。

 

もしも、タケイチ所有の部屋からタケイチ所有の部屋に引っ越す場合は、お預かりしている敷金をそのまま引き継ぎさせていただきます。また、弊社に直接お申し出いただければ、仲介手数料も必要ありません。これは弊社にとって新しいビジネスモデルだと感じました。

それから約10年経ちますが、いまだに1件も実現していません・・・

 

 (2)      良いことばかりではありません。東横線とJRが交わる駅から徒歩圏内のワンルームマンションを、中堅企業が社宅として法人契約してくれました。実際に住むのは30歳くらいの女性社員。そして、事件は428GW直前の夜11時に事務所から転送された私の携帯電話が鳴ったのが始まりの合図でした。

 

電話の内容は「給湯器が壊れて熱い湯が出ないから何とかして欲しい」といことです。何とかしたいとは思いますが、明日から連休なので少し猶予が欲しい。できる限り早急に修理するけど今すぐには、何日の何時とお約束できないとお応えしました。突如、若い男性の声に交代し乱暴な口調で、「うちの若いモンがどうたらこうたら…」

 

結局、連休中に修理は完了しましたが、それでは気が済まない様子で「誠意を見せろ!」と凄んできました。「できる限り早急に修理したことが弊社としての誠意です。」と応えて、それからどうしたかというと…

この部屋の借主はきちんとした会社で住んでいるのは社員の女性ただ一人のはずです。それでは大声で騒いでいるのは一体誰?無関係な男が騒いでいるだけ?

最終的には、借主の会社の総務部にお話しすることで一件落着しました。

 

 

その他にも家賃滞納とか引越しが期限どおり終わらないとかありましたが、機会があれば、コソっとお話ししましょう。今日はこのくらいで筆をおきます。

   

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2016年

2月

25日

とても重要な管理組合総会(その2)

マンション管理組合の総会は通常、年に1回の定時総会と必要に応じて不定期に開かれる臨時総会とがあります。弊社も所有者として、総会に参加することがあます。

実名は避けますが、神奈川県内のJR主要駅から徒歩数分のタワーマンションの定時総会に出席したときのことです。全戸数、数百戸の大型マンションなので出席者は30人を超えていました。思いのほか多数の所有者が出席しているという印象でした。その他に運営側の理事が10名余り会場の奥に一般の出席者と向き合って着席していました。

 

議長による開会宣言から総会は始まります。議長には管理組合の構成員である所有者を代表する立場にある理事長が就任します。スーツ姿にネクタイをしめた数人は管理会社の社員で、この人たちは黒子の立場です。出席者数および委任状、議決権行使書数が発表され、この総会の有効性が確認されます。そして、いよいよ議案ごとに議案の説明、質疑応答、採決を経て可決することになります。

 

この日の総会は何やら雲行きが怪しい感じです。一般席の後ろから男性の声で質問がありました。その後、どの議案に関しても同一人物が質問に立ち、また意見を述べていました。実は弊社としても議案の一つに疑問があって、それに関係して代替案を用意していました。しかし、理事長ならびに管理会社の説明により疑問も解消し理事の皆さんが判断したことに納得したので、その旨を発表して静かに席につきました。

 

ところが、先ほど質問に立った男性はなかなか発言を終えようとしません。発言の内容は徐々に議案の趣旨から外れて、議事進行の手順や日頃の理事会の運営が独断的であるといった不満になってきました。私もうんざりしていたところ、それまで静かに発言者の意見に耳を傾けていた別の男性から、「本題から外れたことを発言して総会を混乱させないでほしい」との意見が出て、一瞬、会場に緊張感が走りました。その後、数人の方が理事長側に立つ意見を述べ、最初に質問した方は四面楚歌となってしまいました。

 

マンション管理組合はたまたま同じ客船に乗り合わせた乗客のようなもので、運命共同体といえるでしょう。しかも出港直後から理事長をキャプテンとして自ら進む航路を決めていかなければなりません。以前に比べてこうした意識は社会的に醸成されつつあると思います。しかし、それでもまだまだ十分とは言えず、特に投資用のワンルームマンションなどは所有者の管理について無関心だということが問題だろうと思っています。

 

皆さんの中でマンションにお住まいの方、あるいはお持ちの方がいらっしゃいましたら、このようなことにも気を配って、よりよいマンションライフを目指しましょう。

まだ一度も総会に出席したことがないという方がいらっしゃいましたら、是非とも一度出席してみることをおススメしたいと思います。

 

 

 

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2016年

2月

22日

とても重要な管理組合総会(その1)

弊社の目的にもあるように、私共は【マンション】を所有することに強いこだわりを持っています。マンションの最も大きな特徴は、その所有形態が一部共用になっていることです。それゆえに一般の戸建住宅と異なり管理規約を定めるなど、様々な「知恵と工夫」が必要になります。そのことについては、既にブログでも触れています。

 

この共用部分を管理しているのが管理組合で、構成メンバーはマンションの専有部分の所有者です。マンションの共用部分を現場で支えている管理員や管理会社の人たちは、管理組合から委託されて業務に就いていることになります。つまり、マンション管理の主役は各部屋の所有者で組織された管理組合であって、マンション全体を良くするのも悪くするのも管理組合次第となります。

 

管理組合を運営してゆくにあたって、その最高意思決定機関である管理組合総会が開催され、そこであらかじめ用意された議案書にそって様々な案件を討議し採決されます。マンション管理にとって、これほど重要な管理組合総会にもかかわらず出席者が集まらない場合があり、ほんの一部の熱心な所有者(有志)の献身的な努力に支えられていることが多いようです。

 

弊社のマンションに向き合う姿勢として、専有部分のクオリティーだけでなく共用部分を含むマンション全体の価値向上を目指しています。そのためにも購入したマンションの管理組合総会には時間の許す限り積極的に出席するようにしています。

次回は私が出席した管理組合総会の様子をお話ししたいと思います。

 

 

(つづく)

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2016年

2月

15日

駒込という地名

最近、弊社で「駒込六義園」の名がついているマンションを紹介しています。

駒込はご存じのとおり山手線の駅名にもある地名です。このマンションは豊島区にありますが、少し歩いただけで文京区です。駒という字は馬と同様の意味で使いますが、東京には駒とか馬という字を使う地名がいくつかあります。すぐに思い浮かぶだけでも駒沢、駒場、駒留、馬込、上馬、下馬、高田馬場などが挙げられます。馬が古代から自動車が発達する前まで人間の生活に密着していたことの現れでしょう。

 

駒沢と駒留と上馬、下馬は世田谷区にあります。駒場は目黒区、馬込は大田区で高田馬場は新宿区です。それぞれ地名の由来があるのでしょうが、ここでは触れません。ただ、一つだけ学生のころから不思議に思っていた地名に「元競馬場前」というのがあって、目黒からバスに乗って目黒通りをしばらく行った停留場の名前に使われています。これは戦前にあった「目黒競馬場」(現在は府中に移転)した跡地ですが、移転から82年を経て今なお名前が残っています。

 

現代社会において普段は特に何も意識せず慣れ親しんだ地名から、かつてたくさんの馬が行き交い、立ち止まり、また歩き回る光景を想像することは難しいですね。それでも古い地名は必ず何かを語っていると気付くとき、不動産を扱う者としてぼんやりではありますが新たな愛着がわいてきます。

 

 

 

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2016年

2月

04日

耐震博覧会

今年もナイス主催の「耐震博覧会」に行ってきました。

弊社はナイスを中核とする「すてきナイスグループ」と懇意にさせていただいており、この十数年、毎年ご招待いただいています。会場は例年どおりアクセスに便利なお台場の東京ビッグサイトで、誰でも気軽に出掛けられるイベントです。

 

広い会場に所狭しと、設営された様々なブースは、建築資材や住宅設備などの各メーカーの製品がずらりと展示してあって、担当者が親切に説明してくれます。例えば、バス・トイレ・キッチンといった生活に密着した設備においても新製品の実物に触れることができるばかりでなく、メーカー個別のショールームでは不可能なメーカー各社の同等品を比較することもできます。これこそが、このイベントの醍醐味といえるでしょう。また、普段は人の目に触れないけれどもとても大切な役割を果たす建物内部の建築資材や建築工法についても理解を深めることができます。その他にも様々なテーマについてのセミナーが開かれ、専門家の貴重な話を聞くことができます。まさしく「博覧会」というに相応しい規模と充実した内容になっています。

 

そして、「耐震」と名付けられたとおり主催者ナイスの地震対策に対する思いが伝わってきます。会場の中心にかなりのスペースを割いて「耐震ブース」を配しているのもその一つだろうと思います。ナイスが分譲するマンション・注文住宅などは耐震性を非常に重要視している、またナイスが扱う資材においてもその意志が貫かれている、と私は思います。それは、このイベントに限ったことではなく、常日頃よりナイスとの関わりの中で随所に感じていることです。

 

さて、私にとって、このイベントにはもう一つの楽しみがあります。それは、20歳代に一緒に働いた先輩、同僚、後輩と久々に顔を合わせることです。そこで、ご挨拶を終えるとすぐに、お世話になったこと、ともに苦労したことなど思い出話が飛び出します。今となってはどれも懐かしい思い出ばかりで、その当時、如何に充実した会社生活を送っていたかに思いが至り、改めて感謝する次第です。

 

 

「耐震博覧会」は毎年、金土日で開催されると聞いています。土日は地震対策に関心のある一般の方々にもゲートを開けているそうです。ご興味のある方は、是非次の機会に足を運ばれてはいかがでしょうか。

  

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2016年

2月

02日

音楽と科学と数学

まずは次に並んでいる数字の列が何なのか?

そして、それぞれの間にどういう法則が成り立っているのか?

からお話しを進めてまいります。

 

262277294311330349370392415440466494523

 

さあ、おわかりでしょうか?これだけでは不親切だということでしたらヒントを差し上げます。262は白、277は黒、294は白、311は黒、330は白、349は白、370は黒、392は白、415は黒、440は白、466は黒、494は白、523は白です。

ピアノかオルガンの前に立って鍵盤の色を見ると白と黒の順番が一致すると思います。

これでおわかりいただけたでしょうか。これらの数字の列は音楽でいうドレミのドからオクターブ高いドまでの音のそれぞれの周波数です。音とは空気の振動です。1秒間に振動する回数をHz(ヘルツ)という単位で表します。振動数が高いほど高音になりますが、人間の耳(年齢差や個人差があるらしい)で感じ取れるのは一定の範囲の周波数です。

 

さて、数字の列の正体がわかったところで、もう一つの問い、どういう法則で成り立っているかというお話しに進みましょう。まず注目すべきは最初と最後の数がほぼ2倍になっていることです。既に述べた通りこのふたつの数字はオクターブ違いのドを表しています。つまり、オクターブ違う音とは周波数が2の倍数だけ違うということです。そこで、もう一度ピアノの鍵盤を思い浮かべると1オクターブを12分割しているのが半音です。学生のとき数学の授業で数列というものがありましたがその中で比較的シンプルなものに、等差数列と等比数列がありました。このドレミ数列は公比が1.05946309の等比数列になっています。

 

たぶん、こんな話にうんざりしている方もいらっしゃるかもしれませんが、もう少しだけ続けさせていただきます。音とは空気の振動であると述べましたが、その振動は波として空気中を伝わっていきます。二つ以上の音源が同時に発生したとき、それぞれの波は互いに干渉して新たな波形を描きます。これこそがハーモニーを形作る原理で、たとえば二つの音の周波数が整数倍であったりすると互いの波の干渉による波形がシンプルになって、人間の耳にはこれが心地よく感じるということのようです。オクターブ違いはその典型です。

 

 この周波数を自由に操ることが素晴らしい音楽の創作であるといった見方もできるでしょう。ついでに耳障りな言葉も科学的に解析して心地よい音に変換してくれる、そんな機械があったら、小言も耳に心地よく聞こえるかもしれないと思う人もいるかもしれません。

それについては、コメントを控えたいと思います。

 

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2016年

2月

01日

受験生へ―インフルエンザにご用心―

今年は暖冬と思いきや一転して寒さが厳しくなってきました。これからインフルエンザが猛威を振るうかもしれません。どんなときでも健康は大切で、インフルエンザに罹っていいときなどありませんが、この時期は特に受験シーズンと重なるので受験生はもちろんのことご家族も十分に注意して万全の体調で試験当日を迎えられることをお祈りしています。

 

さて、私自身の体験をお話しします。高校受験のとき1週間前から発熱し試験当日は40℃の高熱で入学試験に臨みました。試験会場に到着してすぐに試験官に事情を話し、試験は一般の教室で通常どおりに受けるとして、合間の休憩時間は保健室のベッドで休ませてもらいました。このとき私は、後に母校となる、この学校しか願書を出していなかったので万が一、不合格(試験を欠席した場合も含む)となれば人生が大きく変わっていたと思います。

 

 

受験生がこのブログを読んでいるとは考えにくいのですが、受験生のご家族であれば在り得ると思います。試験当日まで何があるかわかりません。十分に用心されることをお勧めいたします。

疫病退散!

   

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2016年

1月

27日

話題の民泊について

「民泊」という言葉を耳にしたことがあるかと思います。

【一般の住宅(マンション、戸建、その他)の空スペースを旅行者に短期間だけ提供すること】とでも言いましょうか。言葉にしてしまうと、ただこれだけのことですが、実現させようとすると多くの問題点を含んでいることが見て取れます。

 

まず、これは旅行者のための宿泊施設という点から旅館やホテルと同じようなもの、若しくはそれらの代替施設です。そうなると宿泊客が快適に過ごせる設備も営業上必要でしょうが、この点においては顧客満足度に比例して宿泊料金が決まると考えると多様なグレードの客室が生まれるだけのこと、つまりピンキリですね。一方で火災等の事故が起こってしまった場合、宿泊客の安全を考慮して避難路の確保や避難具、消火設備の設置は絶対に疎かにできないことで、建築基準法、消防法、監督官庁による指導などの規制があると思います。

 

弊社のある大田区は地方自治体として全国で初めて民間の事業者に対し法人、個人を問わず「国家戦略特別区域 外国人滞在施設経営事業」(略して「特区民泊」)の認定制度を設け、そのための申請受付が129日から始まるそうです。その背景には外国人客の増加が予想される中、これを地域発展のチャンスと捉えるとともに前述の問題点を踏まえて秩序ある発展を企図して一定のルール作りに動いたのだろうと思います。(詳細は大田区へ)

 

不動産を生業とする弊社の立場から関心を持つことは言うまでもなく空室の有効活用であり、民泊の認定要件を満たす部屋を所有(若しくは取得)し、シナリオどおりに外国人客が利用して一般の賃貸よりも高収益を実現し、しかも近隣住民とのトラブルを回避できれば言うことありません。

 

何事も変化をチャンスと捉えて積極的に取り組んでいくことは大切なことです。大田区も民泊を目指す事業者もそれぞれの立場から努力し、挑戦してゆく姿勢に好感を持っています。特に大田区の定めた認定要件を見ると前述のピンキリについても何でもありではなく安全、安心、衛生面の確保に配慮しているようです。また、近隣住民との関係においても事前に周知したうえで調整することを求めているようです。

 

世情に長けた皆さまには退屈なことを長々と書き連ねてまいりました。ここらでタケイチバリュアブル不動産としてどう向き合ってゆくつもりか申し上げます。

弊社が所有する区分所有の部屋(簡単に言えばマンションの一室)については、他の部屋の住人にご迷惑になることを最も恐れています。もちろん、事業としての採算性についても重要なことですが、バリュアブルを名乗る以上はマンションの価値を下げる原因を作らないことは明言いたします。                                

その上で、将来の可能性は否定しませんが、当面は「様子見」としたいと思います。

 

 

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2016年

1月

21日

眺め眺められ

子供が小さかった頃、ときどき家族で動物園に出かけました。そこは子供も大人も夢中にさせられる魅力に満ちていましたが、本編ではその点には触れずに別の視点から話を進めてまいります。何事にも例外はあるものの、一般的には動物園の動物たちは檻や柵で人間のお客と隔てられています。これは外から中を覗き見ている構図です。

 

以前、スカイツリーが臨める高層ビルの上層階で夕食をいただいたことがあります。眼下に隅田川が流れ、スカイツリーと周辺ビル群の夜景目当てに提灯の明かりを連ねた屋形船が何艘か江戸情緒たっぷりの風情で浮かんでいました。こちらは内から外を眺める構図ですが、同時に屋形船のお客はこちらを仰ぎ見てきらびやかな東京の夜景を楽しんでいるのでしょう。

 

つい先日、古くからの友人に誘われて江東区、江戸川区辺りの水路をカヌーで水上散策する機会を得ました。当日は風もなく、よく晴れた絶好のお天気でした。友人に感謝するとともにお天気にも感謝しています。水辺に遊ぶ水鳥を観察しながら周囲の景色に目を移すと、何とまあマンションが多いこと。川沿いは隣接地の日照を気にせず建てられることもあって比較的マンションが建てやすいので、マンション群が水上からの景色を決定づける最大の要因になったのでしょう。

 

 

マンションを購入する際に部屋からの眺望が優れているかどうかは購入を決意する大切な要因のひとつと考えられます。そして、マンションが建つ街並みの景色に好感を抱いたり、逆に嫌悪を感じたりする人々がいるはずです。バリュアブルを拡大解釈して、街の景観に溶け込む美しいマンションといった概念も大切にしたいと思います。

   

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2016年

1月

15日

米国にて(その3)

ダラス‐フォートワースの旅も本来の目的を果たして、後は気楽に観光して美味しい料理に舌鼓を打つだけ。比較的余裕があるスケジュールではありましたがダラスでの観光となると、やはり大統領暗殺の資料館以外にこれといったところが思いつかず、また、これだけは行ってみたい、ということで犯人が狙撃のために潜んでいたとされるビル(教科書ビルと呼ばれている)を見学しました。

 

そこは歴史的現場として1963年当時の状態で保存されていて、事件発生の生々しさを伝えています。また、それだけでなくケネディー大統領にまつわる様々な資料が時代背景も含めて展示してあり、日本語で解説してくれるヘッドホンに誘導されて2時間近く、たっぷりと学習できるようになっていました。

 

ダラスと生活圏を同じにする、もう一つの街フォートワースにも足を延ばして観光してきました。ダラスは比較的現代的な都市という印象を持ちましたが、フォートワースは西部劇の舞台そのままで、馬に乗ったカウボーイがロングホーンという角の長い牛を引き連れて歩き回るところが見られます。もちろん観光用の演出でしょうが地元の人たちは「ここフォートワースからが西部であって、それより僅かに東に位置するダラスは西部ではない」といった自負があるそうです。

さらにここでも、ある意味で「これぞUSA!」と思える体験ができました。

それはランチに食べたハンバーガーのパテもディナーに食べたステーキの肉もとびきり美味しかったことです。

 

最後に年末の忙しいときに留守を任せて旅行に行かせてもらったこと、社員の皆さんに感謝いたします。また、お客様、お取引先の方々にご迷惑をおかけしたことお詫び申し上げます。

 

 

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2016年

1月

12日

米国にて(その2)

前回のアメリカ経済の話題から縮尺を変じてテキサス経済に絞り込んでみます。数年前に新しいエネルギー資源として「シェールガス」が脚光を浴びていましたが、その採掘地域のひとつにテキサスの名が見られます。ところが近年の原油安で採掘コストが嵩むシェールガスは採算に合わず事業化がとん挫もしくは中止となっているようです。さらに話題をダラス‐フォートワースに絞ってみると近々トヨタ自動車米国本社が移転してくるそうです。そのあたりの詳しい事情は知りませんが、成田からの直行便が増発されたのは単なる偶然ではないでしょう。ちなみに、私が搭乗したのがその増発便でした。

 

ダラスは地理的特性からでしょうか、従来は国内便の乗継基地のひとつだったと思います。しかしながら日本から観光のために訪れる街ではないようで、往きの便はビジネスマンばかり、帰りは季節柄、駐在員の家族が休暇で一時帰国する姿がぽつんぽつんと見受けられましたが、やはりビジネスマンのいでたちが多かったと思います。そんな中で私ども夫婦は気楽な姿に映ったのでしょう、何度か渡航目的を尋ねられ、喜びを隠し切れずに応えていました。観光資源に乏しいダラスに、しかも年末年始を避けての渡航には理由があって、現地の大学院を卒業する我が子の姿を一目見たくて、卒業式に合わせてスケジュールを組んだのです。

 

息子の卒業式を翌日に控えたインディアンサマーの午後、美しく紅葉した樹木に囲まれた大学構内をぶらぶらと散策しながら、思わず労いの言葉が口から出ました。式典はいかにもアメリカといった陽気な中にも厳かな空気に満たされた得も言われぬ経験をすることができました。

 

次回は大統領暗殺とカウボーイの街フォートワースの話題で締めくくりたいと思います。

 

 

つづく

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2016年

1月

07日

米国にて(その1)

昨年の12月(といっても、つい半月前です)、米国のテキサス州を1週間程、旅してきました。テキサスの州都はオースティンですが、その他にも宇宙ロケットの打ち上げで有名なヒューストンとケネディ大統領の暗殺現場となったダラスがあります。今回の旅の目的はダラス在住の息子に会いに行くことでしたが、飛行機が降立った空港の名が「ダラス‐フォートワース空港」となっています。フォートワースとは、ダラスから少し離れたところ(車で1時間半から2時間)にある都市で、ダラスと同じ生活圏を形成しているそうです。テキサス最大の都市は前述のヒューストンですが、ダラスとフォートワースを合わせるとヒューストンを抜いてテキサスで一番人口が多くなるのだそうです。

 

私ども家族は、かつて6年間ハワイに住んでいたことがあり、現地在住の息子も旅する私と妻も、それほど違和感を感じませんでしたが、それでも9.11の影響で飛行機搭乗の際のセキュリティーチェックが非常に厳しくなったのには戸惑うばかりでした。また、米国入国審査においてもVISAの代わりにESTAを事前に取得するなど勝手が違うことがあり、20年の歳月を改めて認識しました。

 

ホテルに宿泊して部屋を後にするとき、かつての感覚のままチップとしてワシントンの肖像でお馴染みの1ドル札を1枚置いておきましたが、それを目にした息子から「親父、それじゃあ少ないよ」と指摘されて慌てて2枚にしました。考えてみればハワイから帰国後、日本ではずっとデフレの状態が続いており、その感覚に慣れてしまったようですが、その間アメリカは着実に経済成長を遂げているようです。

 

息子が現在の自宅から引っ越すということで、新居に選んだ部屋を見学しました。不動産屋の意地と親父の見栄で賃料等を推測してみましたが、20年前のハワイの生活感覚のままだったのと日米の不動産の相対的価格差からか、まるで見当外れでした。聞けばコマーシャル(事務所系)かレジデンシャル(住居系)かに関わらず、契約更新のたびに賃料が上がることが慣習になっているらしく(大家業をやっている身としては誠にうらやましいかぎりですが)、これも一定のインフレを保って経済成長してきた社会だからかと感じました。

 

 

(つづく)

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