ブログカテゴリ:2017年9月


27日 9月 2017
つい先日のこと、プロテニスプレイヤーの伊達公子さんの引退表明がありました。私自身はテニスについて全く疎くて、実際にプレイするどころかルールもよく知りません。それでも伊達さんの輝ける戦績は以前からニュース等で知っていました。そして25歳で一度、引退し、11年あまりのブランクを経て9年前に現役復帰して、今回は二度目の引退であることは多くの人が知るところです。 人間の身体は年とともに成長し、また老いて衰えてゆくのが自然の摂理です。そうなると、ブランクの間に歳を重ね、再度復帰するなどということは常識の範囲を超えた勇気が必要なはずです。伊達さんは、これまでの栄光に浸って生きるよりテニスを通して再びチャレンジする人生を選んだのでしょう。当然、若かりし頃に比べて、かつて楽々と出来たことも容易ではなくなり、悔しかったり、寂しかったりしたはずです。それでも、「チャレンジが好きで始めたことだからやめる理由にはならない」と言ったそうです。(ニュースの記事を転用) そして、チャレンジすることが目的だから試合の成績でかつての栄光が取り戻せなくても、ただ黙々と目の前の試合に勝つためだけを考えてテニスに打ち込んだそうです。それが伊達さんにとって苦痛ではなく、むしろ生きている証だったのかもしれません。 わが身を振返って、スポーツの世界ほど顕著ではありませんが、最近、いろんな意味で衰えを感じざるを得ません。身体能力だけではなく、毎日、生きていれば仕事や家庭で思い通りにゆかないことが起こるのは誰でも同じだろうと思いますが、そんな折に、このニュースを目にして勇気を貰った気がします。人はどうしても結果を出そうともがきたがります。でも、その「もがき」自体を目的と認識する生き方もあるということでしょうか。
20日 9月 2017
「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、この時期を境に、これまでの猛暑が様変わりして秋が駆け足でやってくるようです。彼岸とは仏教でいう死後の世界とでも言いましょうか。いわゆる三途の川の対岸で、ご先祖様も含め、この世で生を終えた者が川を渡っていくところです。それが、春分の日と秋分の日の前後を彼岸と呼んでご先祖様に手を合わすようになったのは何故でしょうか。 私の両親は、生前、お寺の行事には熱心で、お寺で主催される月例会に出席するだけでなく、こうした折には必ず自宅にお坊さんを招いて、経を読んでいただくのが常でした。何故、それほどまでに熱心だったのか本人たちに尋ねてみたことはありませんが、推測するに、二人とも子供の頃に当時は不治の病であった結核を患い、子供心に死を身近に感じていたかもしれません。また、10代後半の多感な時期に戦争が起こり、そこでも死と隣り合わせの経験をしています。そして、経済的にも苦しい時期を乗り越えて世間から成功者として認められるといった生涯において無常観を感じていたかもしれません。 人の一生というのは一人一人異なっていて同じであることはあり得ません。しかし、この世に生を受けてから幼少期、成長期、青年期を経て壮年期を迎え、晩年期、さらには最晩年期に至り、必ず死を迎えるという時間軸でそれぞれの時期を比較することはできます。私も来年は還暦を迎えるにあたり、ふっと気が付くと無意識のうちに、父がその年齢に何をしていたか現在の自分と比較していることが多くなりました。そうしてみると、残念ながら父に及ばないところがあまりに多くて畏れ多くなります。それでも、私のほうが恵まれている部分を見つけて残りの人生をより良く生きる糧にできるよう精進してゆくつもりです。 次の休日は彼岸の時期になるかと思います。両親を偲んで墓参りに行こうかと思っています。
13日 9月 2017
このところ、ようやく秋の気配が感じられるようになりました。「お月見」や「美味しいお料理」の話題で季節の移り変わりを愛でるのも一興かと思いますが、4月にスタートした今年度も、今月で半期を終えます。そこで、この半年間の弊社の業績を振返ってみたいと思います。...
05日 9月 2017
 弊社の社名にも使われているバリュアブルというのは英語で「価値」を意味する valueから派生した言葉です。そこで、その価値とやらを客観的に測定するためにDCF法というもが使われることがあるというお話しです。 DCFは discounted cash flow...