2019年

1月

29日

万年雪

 この1ヶ月で最もフラストレーションを感じるのは、「韓国駆逐艦による日本の自衛隊機に対するレーダー照射」に関するニュースです。私は以前から、外交問題は互いに自国のエゴイズムがぶつかり合い、絶対的な正義など存在しないと、半ば諦観していました。その視点から眺めると理不尽な主張も、その裏を考えれば「まあ、そんなものか」と思えることもあります。しかし、今回の事件は戦闘状態に突入するかもしれない「切迫した危うさ」と事実確認に向けて繰り返される「間の抜けた水掛け論」が同居していて、それが、どうにも不釣り合いでフラストレーションを感じてしまいます。

 

 私は日本人なので、日本サイドの情報が一方的に入ってきているのだとは思いますが、それでもレーザー照射の事実を認めない韓の稚拙な言い訳は、あまりに子供じみてみえます。一方で、相手の立場を見定めて落としどころ見出すよりも、生真面目に事実を突き付けて突っ張ってくる相手の鼻をへし折ろうとすることに終始している日本も滑稽に感じます。

 

 最近の日韓関係は慰安婦問題、徴用工問題などのせいで冷え込んでいるところに、今回の事件が起こってしまいました。これらには、直接の関連性がありませんが、日韓関係における「わだかまり」は、今まさに雪のように降り積もっています。このまま関係改善が為されず、冷え込んでいくと、降り積もった「わだかまり」は万年雪のように凝り固まってしまうでしょう。

 

 

 外務省や防衛省でも「極めて遺憾」などのコメントを発表しています。この言葉は外交用語では8段階のうちの上から3番目で、中程度よりも更に強い意味をもつそうです。こういったことはその道のプロフェッショナルの世界のお話しです。外交、軍事の専門家である皆さんのお蔭で平和を享受している今の日本ですが、日韓の間に積もった雪が万年雪にならぬよう、もうひと頑張りしていただきたいものです。私のような無知な一般市民も心配しています。

 

 

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2019年

1月

15日

平成という時代

 前回は私のこれまでの人生のうち半分が平成だということに気付かされたところで終わりました。そこで、今回は平成とはどんな時代だったかを振返ってみたいと思います。1989年(昭和64年)1月に昭和天皇が崩御されると日本全体が重苦しい雰囲気に包まれて、多くの人が喪に服しました。そして、ここから平成という時代がスタートします。さて、この時点での私の生活ぶりを再現してみましょう。

 

 年齢30歳、世田谷区若林の3LDKマンションに暮らしていました。家族は妻と長男3歳と生後8か月の長女の4人暮らしです。勤務地は前年までの江東区木場から横浜市の鶴見に移動したばかりでした。日本経済は絶頂期を迎え、世の中はお祭り騒ぎと言っても過言ではないほど浮かれていたように思います。因みに、現在では政策金利として機能していない公定歩合が5.0%程度で推移していました。株価もうなぎ上り、不動産の価格も日本全国すべてが上昇して、後にバブルと称される狂乱状態にありました。それが、僅か2年後に政府と日銀の政策により劇的に転換してゆくのであります。

 

 それから30年が経過して、私個人の生活も社会全体も大きく変わりました。家族構成も子供が一人増えて5人となり、それら幼い子供たちを連れてハワイに転勤、帰国後タケイチ建設株式会社(現在のタケイチバリュアブル不動産株式会社)を設立して現在に至るわけです。30年間の出来事を事細かに記述することは、書き手にとっても至難の業であり、読み手にとっても退屈極まりないことです。ここでは、3人の子供たちがそれぞれパートナーを見つけて独立していったこと。両親が他界したことだけは記述しておきたいと思います。

 

 社会全体も大きく変化しました。一番印象が強いのは携帯電話(スマートフォン)の普及とネット社会の出現です。こうした変化の根底にある技術革新も注目すべきですが、結果として社会に及ぼした影響が大きいことに驚かされます。必要な情報が瞬時に手に入る一方で「フェィクニュース等」に象徴される新たな問題が指摘されています。また、卑近な例を挙げれば、友人、知人との待合せにおいて、到着時間を予め検索できるので早めに行って待つこともなくなり、逆に遅刻しても、あと何分で到着するとか、予定変更の相談など、臨機応変に対応するようになりました。

 

 こうして振返ってみると、私の生まれた昭和はずいぶんと遠い存在になりました。今年で終わろうとしている平成、これから始まろうとしている新元号と未来に向かって続いてゆきます。今度は、どのような社会が待っているのでしょうか。より良い時代が到来することを願って今日の独り言を終わりにします。

 

 

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2019年

1月

08日

平成最後の○○

皆様、新年明けましておめでとうございます。

昨日(17日)が弊社の仕事始めでした。この日は大切なお取引先に年始のご挨拶をするとともに、ここ数年、恒例になっている地元の神社に初詣をしました。お陰様で休暇中に大きなトラブルはなく、順調に新年の業務がスタートしました。

 

 さて、今年最初の独り言に何の話題がいいかと、あれこれ考えながらぼんやりしていると、テレビから「平成最後の○○」という言葉が多く使われているのに気が付かされます。

今年の5月をもって今上天皇が退位され、新天皇が即位されるのに伴い平成という元号が改元されます。だから、今年の正月は「平成最後の正月」であり、他にも多くの年中行事が平成最後になるわけです。しかし、これって実生活にどのくらい影響を及ぼすのでしょうか。関連官庁などは別として、我々一般人にとって新元号に不慣れなための不手際が予想されるくらいで、実質的にはそれほど大きな影響はないと思います。むしろ、去りゆく平成の時代に惜別の念を抱く、若しくは次の時代に夢や希望を託すといったメンタルな部分が大きいと思っています。

 

 というわけで、私の平成を振返ってみることにしました。実のところ、昨年、還暦を迎えた私にとって、平成を生きた時間より昭和を生きた時間のほうがずっと長く感じていました。しかし、よくよく考えてみると、これまでの60年の人生のうち、昭和が30年、平成が30年で同じなんです。こうしてみると、私にとって、平成が如何に大切な時代だったかと改めて感慨が湧き出る次第です。今日のところは、この辺で終わりにして次回から「平成最後の○○」を味わいながら私の平成について想いを語らせていただきます。

 

 

つづく

 

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