命名することの意味

弊社は今年6月1日をもって社名を変更しました。その過程であれや、これやと真剣に考えさせられることが多く、これから弊社が何を目指そうとしているかを自覚するための契機となりました。20年前に旧社名を決めるときよりもエネルギーを使ったかもしれません。

 

私には3人の子供がいます。既に成人して、それぞれ自立していますが生まれてきた日のことは3人とも鮮明に覚えています。そして、どのような想いを込めて名前を付けたかも機会あるごとに本人たちに伝えるようにしています。

 

私自身が生まれたときのことは当然、記憶にありませんが、父の名前が由来であることは明白です。愛情と期待を込めて自身の名の一字を使うのは珍しいことではありませんが、私の場合、父の一雄から二文字をもらい、そのままだと同じ名前になってしまい区別するのが困難なのでひっくり返して雄一としたのでしょう。わざわざ、ひっくり返すという配慮をしてもらったにもかかわらず、何かと混乱を引起し、苦笑もしくは談笑の種になりました。

 

かつて賃貸マンションの一棟全体を購入したときも、子供たちに名前を付けたときと同様に思いを込めて一所懸命に頭を捻ってマンション名を決めました。そして、手塩にかけて整備、改修した物件に対しては思い入れが芽生えていて、売却する日が来ると、寂しさを感じざるを得ませんでした。そこには子供を一人前に育てることと通じるものがありました。

 

昔から「名付け親」という言い方があります。名前を授けるということは親の役目の一端を担うことかもしれません。