政府・日銀によるバブル一掃政策

前回はバブル期までの不動産価格が近隣の事例を参考に決まっていたことを申し上げました。今から考えると、ひとつの方法に偏っていると感じますが、当時はそれが当たり前でした。そして、この問題について語るとき、もう一つ大切なことは「土地は必ず値上がりする」と多くの人が信じていたことです。バブルが崩壊するまで、それは神話と呼ばれるくらい常識として定着していました。背景としては戦後日本の目覚ましい経済成長がありました。人口減少が重大な問題として取り沙汰される前のことでした。

 

大きなトレンドとして値上がりが半ば常識であるところにきて、近隣の取引事例だけが価格決定要因である市場において、金融緩和という触媒が加味されて出来上がった妙薬バブルにとっては、何をやっても怖いもの知らずの状態で日本社会を狂乱のお祭騒ぎへと駆り立ててゆきました。

 

その頃になると、これは流石に行き過ぎだろう、と感じることが多くなりました。不動産の仕事にかかわりのある人は超好景気を満喫する一方、その方面に縁の薄い人は常識外の価格高騰にマイホーム購入も絶望的になり、社会の健全性が損なわれる状態にまで達していたと思います。そこで登場した日銀総裁の三重野氏は、「バブル退治」の旗を掲げて政府と一体になって不動産取引に様々な制約を複合的に課してきました。その政策は一定の規模を超える不動産取引の届出(国土法)を義務付けるなどです。また、金融政策では不動産に関わる融資の総量を規制するなど、まるで燃え盛る達磨ストーブに冷や水を浴びせかけるようなやり方でした。

 

バブルが巻き起こした狂乱景気を肯定できない私ですが、当時の冷や水政策については、それ以上に否定的な見方をしています。それは、その後に経験する長く暗いトンネルを嫌悪する気持ちからではなく、当時からあまりにも反作用を考慮しない極端過ぎる政策だと思っていたからです。残念ながら、その後のトンネルが、そのことを実証することとなりました。

 

次回はトンネルの中のあがきについてお話したいと思います。

 

(つづく)