オリンピック

今月になって一番の話題は何といってもオリンピックでしょう。このところ、2020年開催の東京オリンピックに関連して「国立競技場の建設」や「シンボルマークのデザイン」また「開催都市として、どの都知事がふさわしいか」など、オリンピック本来のスポーツの祭典らしい話題からずれていることが多かったようです。それが、今月、リオデジャネイロオリンピックが開催されてから、本来あるべき姿の熱い感動が伝えられてきます。

 

これまで、オリンピックに関心が薄かった私でも、地球の裏側で活躍する日本人選手の報道に喝采をあげていました。加えて、どの競技においても各選手個人の能力を称えつつ、日本という国の特徴として団体戦に対する執着が強いと感じました。

 

実際に結果を出した例として、陸上競技の男子400mリレーのように個人では他のチームに及ばなくともチームワークでカバーした銀メダルがあります。また、個人の実力から見て順当であっても、意気込みを示す発言で「○○さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」とか「個人より団体での金が目標」などが聞かれました。

この現象から日本人の精神構造を紐解き、稲作の歴史にその理由を求めることは、いかにも陳腐な結論であって私の好みではありません。

 

スポーツの祭典として、平和な時代だからこそ実現するオリンピックの話題には似つかわしくないことは承知のうえで有事の際の安全保障問題へと考えを広げます。ここで「集団的自衛権」という言葉が日本の自衛隊の海外派遣に絡んで議論されるときに、オリンピックの団体競技の話を持ってくるとどうでしょう。さて、日本は同盟国同士をオリンピックの団体競技のように大切なパートナーとして律儀に行動するでしょうか?

 

 

如何に団体競技がお好みの日本であっても、この点においては自国の利益を最重点とした大人の対応取ってほしいと望んでおります。熱い夏を彩るオリンピックが終わって、今度は背筋が寒くなるような国際問題で世の中が騒々しくなるのではシャレになりませんね。