自然現象の擬神化

今年も台風のシーズンがやってきました。日本列島のあちこちで猛威を振るって北のほうへ去ってゆく台風に対して日本では番号を付けて○○号と呼んでいます。特に甚大な被害を及ぼしたときは「伊勢湾台風」などというふうに特別の名前が付けられます。アメリカ大陸で発生するハリケーンはアルファベット順に女性の名前が付けられると聞いています。これはハリケーンを擬人化しています。

 

台風は言うまでもなく自然現象ですが、まるで映画の世界でゴジラが出没したときのように被害の状況とともに現在地と進路の予測に気を遣い、防災あるいは減災を呼びかけます。ゴジラは神ではありませんが、その破壊力と不死身であるとにおいて人智を超えていると言う点で擬神化といえるのではないでしょうか。台風についても然り。俵屋宗達の屏風絵「風神雷神図」に描かれた嵐の様子はまさしく擬神化されたといえるでしょう。こうしてみると似たようなことはたくさんあります。厳冬の季節、テレビの天気予報を見ていて冬将軍という白いヒゲをたくわえた勇ましい甲冑姿のシンボルマークが日付の並ぶ一覧表の上にポンとおかれ、この日はとても寒い日になることを表しています。

似たような言葉に「神格化」という言葉があります。これは、本来は神でないものを神として扱うことであって「擬神化」は人智を超えた現象を理解するための偶像と考えます。

 

この現象をメルヘンチックに描いたアニメとして「となりのトトロ」が思い浮かんできます。ヒロインの姉妹が森の主である「トトロ」にしがみつき、風となって田畑を吹き渡るシーンがあります。ストーリーの展開から考えると大して重要ではないのですが何故か印象に残っていて俳句の季語などで使われる「野分」という言葉を連想しました。これは秋から冬にかけて吹く強風のことで、まさしく野の草木を掻き分けて吹き渡る様子が擬神化されたトトロによって表現されていました。

 

さて、この擬神化ということは古今東西を問わず枚挙に暇がありません。そこには単に山紫水明を愛でるだけでなく自然現象に対する畏怖の念があるように思います。この気持ちを大切に自然と向き合うことが災害に備える第一歩ということはわかりきっているけど、すぐ忘れてしまうことのように思います。

 

ところで、地震を擬神化したら一体どんなふうになるでしょうか?よろしければコメントしてください。