新たな夢

「僕が住むことでこの街の価値が上がるようにしたい。」と言われたときは衝撃でした。

それは数日前のことです。私は長年不動産に関わってきましたが、こんな発想は持ちえませんでした。今までの経験から言えることは、住みたい街、住みたい家は十人十色で何でもかんでも人気ブランドエリアの高額物件に住むことが即その人の人生の幸せに繋がるとは限らないということです。その人の生い立ち、育った環境、家族構成、職場までの距離、健康状態、交友関係など、様々な要素によって、その人に最適な住まいがあって、それは一人一人違います。

 

それでも、より多くの人にとって最適と思われる住まいに人気が集まり、需要と供給の関係で価格の差が生まれます。いやいや、ここではこんな当たり前なことを主張したいのではありません。私を含む不動産業務経験者が不動産価格のエリア別分布に精通しているとしても、それはきっと誰か(神の手かも…)が示したものを受け入れて、その範囲でしか考えようとしなかったのではないでしょうか。これでは誰が買っても誰が売っても多少の巧拙、運、不運によって損益は違っても大きな差は発生しません。その場合、大きく儲けようと思えば、もうひとつの変動要因である時間の経過を利用する、つまり安い時期に買って、高くなるまで待って売る。これもひとつのやり方ではありますが、どうしても他力本願になってしまうと思いませんか?

 

それに比べて冒頭に紹介した言葉には自分で光り輝こうとするエネルギーを感じました。この発想は街づくりの開発と根底で重複します。街並みは開発によって姿が変わります。住む人の特徴も変わり、場合によっては、その機能も変わってしまいます。この発想を大胆にも一般住宅に当てはめようということでしょう。そのためには変化を起こす前の街の原型を知り、その町を地元意識で包み込む温かいハートと街の経年劣化に抗う強い意志に支えられた人たちによって明るい未来を志向した弛まぬ努力が必要です。

 

あ~あ、この稀有な試みによって結実した果実をほおばってみたい。そこには人々の幸せな暮らしとともに莫大な利益が期待できるような気がします。ここで、利益を享受することは目的ではなく目的を達成した結果、手に入る果実としておきます。

 

弊社にとって、これは、まだ、具体性を帯びる前の夢かもしれませんが冒頭の言葉が持つ衝撃力によって突き動かされるかもしれません。そのときは弊社顧問の一級建築士田邉先生と同じ夢を見させていただきます。