チョコレートの思い出

 今日はバレンタインデーということでチョコレートにまつわる思い出を披露します。ご存知のとおり日本では、想いを秘めた女性がチョコレートを贈ることで、その秘めてきた気持ちを告白する、といった行事というのが一般的ですが、そこから派生して「義理チョコ」などという言葉も生まれました。

 

 キリスト教徒の多く住む国では男女の区別なく親しい人に好意を込めてプレゼントを交換するのが一般的で、その品物もチョコレートに限らずキャンディーだったり、いろいろだと聞いています。では、どうして日本特有のバレンタインデーが流行したのかというと、チョコレート製造会社のマーケティング戦略の結果だろうと思います。私が初めてバレンタインデーを知ったのは中学2年生の頃でした。それ以前は、このような習慣はなかったと記憶しています。そのことについては、「まぁ、美味けりゃいいじゃない」というのが率直な感想です。これまで、いろいろな方から頂いた義理チョコに対して感謝申し上げます。

 

 さて、私自身の思い出は、大学1年の年末に大田区に製造工場があるチョコレート会社で出荷係のアルバイトをしたことです。お歳暮、お年賀の贈答品としてデパートなどに大量の製品を出荷しなければならず、臨時でアルバイトを募集しているのを見つけて応募しました。そこで、生まれて初めてタイムカードに打刻して時給いくらかで朝8時から、残業を含めて夜10時まで、3週間、ほぼ毎日、働きました。

 

 

 たった3週間でしたが、大変きつかったことを覚えています。重たいチョコレートの箱詰めをトラックの荷台に積み込む作業も大変でしたが、当時19歳の肉体には問題ありません。それよりも、空いた時間に数量チェックや掃除など何でもいいから役に立とうとすると、上司からは褒められるのですが、なんとなく周囲から浮いた存在になることが精神的に辛かったように思います。今では、ときどき、頂き物にその会社の名前を見つけると、そのときのことが懐かしく思い出されます。