チャレンジという生き方

つい先日のこと、プロテニスプレイヤーの伊達公子さんの引退表明がありました。私自身はテニスについて全く疎くて、実際にプレイするどころかルールもよく知りません。それでも伊達さんの輝ける戦績は以前からニュース等で知っていました。そして25歳で一度、引退し、11年あまりのブランクを経て9年前に現役復帰して、今回は二度目の引退であることは多くの人が知るところです。

 

人間の身体は年とともに成長し、また老いて衰えてゆくのが自然の摂理です。そうなると、ブランクの間に歳を重ね、再度復帰するなどということは常識の範囲を超えた勇気が必要なはずです。伊達さんは、これまでの栄光に浸って生きるよりテニスを通して再びチャレンジする人生を選んだのでしょう。当然、若かりし頃に比べて、かつて楽々と出来たことも容易ではなくなり、悔しかったり、寂しかったりしたはずです。それでも、「チャレンジが好きで始めたことだからやめる理由にはならない」と言ったそうです。(ニュースの記事を転用)

 

そして、チャレンジすることが目的だから試合の成績でかつての栄光が取り戻せなくても、ただ黙々と目の前の試合に勝つためだけを考えてテニスに打ち込んだそうです。それが伊達さんにとって苦痛ではなく、むしろ生きている証だったのかもしれません。

 

 

わが身を振返って、スポーツの世界ほど顕著ではありませんが、最近、いろんな意味で衰えを感じざるを得ません。身体能力だけではなく、毎日、生きていれば仕事や家庭で思い通りにゆかないことが起こるのは誰でも同じだろうと思いますが、そんな折に、このニュースを目にして勇気を貰った気がします。人はどうしても結果を出そうともがきたがります。でも、その「もがき」自体を目的と認識する生き方もあるということでしょうか。