実のある政策論争

先週、安倍総理の決断により衆議院が解散となり、来る選挙戦に向け、各政党が、それぞれの思惑を胸に蠢動しています。なかでも、既存の大政党が、ブームを引き起こした新政党に庇を借りるという奇手に打って出たことは印象深い話題です。そこには、政党としての理念は重要に考えていないようです。新代表に就いて間もないというのに自らを否定してまでも選挙後の影響力を残そうという狙いでしょうか?そうだとすれば、それは政治ではなく、既に瀕死状態の組織を何が何でも存続させたい一心でもがいているだけのような気がします。

 

一方、庇を貸す側として、理念を同じにすることを基準に庇の下に招くかどうかを選別することは至極当然ながらも、俄かに注目を浴びる中、自分たちが支持された理由(何を第一優先に考えたか)を忘れ、何をやっても支持を得られると思い込んでいるのではないでしょうか?しかし、それは一時的なブームに過ぎず、実績に裏付けされた確固たる信頼がないまま不確定な希望のみで走っているような気がします。

 

4年前に父の葬儀を執り行った際、多くの方から祭壇に花輪を供えていただきましたこと、あらためて感謝いたします。そのお名前をお一人お一人思い浮かべてみると、そこには生前の父の交友関係と現在の私の公私にわたるお付き合いの特色が表れていたように思います。

それは、分不相応のビッグネームがある一方で、国政、地方行政を問わず選挙を伴う公職のお名前が全く見当たらないということです。

 

 

私は特定の政党、政治家と懇意になることもなく、これまでを生きてきました。それでも、選挙には特別、不都合がない限りは投票所に足を運びます。冒頭に申し上げたことは、私のように政治に縁の薄い一般市民も投票するにあたっては一応の考えを持っているという小さなアピールです。選挙戦では既存の組織のためや一時的なブームに振り回されず、将来の国益に叶う政策論争を期待しております。