今ここ自分

 最近、読んだ本の中に「今」、「ここ」、「自分」という言葉がありました。その本の著者は何か困難に直面したときに、この言葉を思い浮かべることにしているそうです。調べてみると「禅の思想」に由来する考え方で次のようなことを言っているようです。

 

過去は文字通り過ぎ去ったことであり変えようがないし、未来はどれほど心配しても予測どおりになるとは限らない。「今」を精一杯、生きることが大切である。また、今、立っている「ここ」つまり、今、置かれている立場や環境が現実であって、それを悔んだり、また、他を羨んだりしても意味はない。現実を受け入れるべきである。そして、今、「自分」がここにいるのは自分以外の誰のせいでもない。自分がこれまで歩んできたことの結果である。人によって多少、解釈が異なることがあるかもしれません。また、もっと洗練された表現があるかと思いますが、私なりに自分の言葉で心に刻み付けてみました。

 

人は生きている限り、例えそれが、ありふれた日常であっても小さな選択、そしてささやかな決断の連続です。そして、受験や就職、結婚といった人生の岐路に立ったときの大きな決断は、日常の小さな選択の積み重ねの結果である「今」、「ここ」、「自分」に制約されるのではないでしょうか。つまり、人生において大きな成果を望むなら、ありふれた日常における小さな決断が大切だということに気付かされます。だからといって、日々の精進によって何でも思い通りになるわけではありません。身近な例でいえば老や病などは誰にでも襲い掛かることで避けようがありません。それでも、日常の在り方によって病なら早期発見することができます。また、老を遅らせたり、老後に価値を見出すことは可能かもしれません。

 

 

冒頭に紹介した本は会社経営における労務管理がテーマであって、人生論について語ることを目的としているわけではなかったはずです。しかし、著者にとって毎日、出社して、仲間である社員と時間を共にするといったことが人生そのものであって、決してスキルで解決できることとは捉えておらず、まさに、その人の人生観に関わる真剣勝負であるということに共感を覚えたことを記して、今日の独り言とさせていただきます。