カレンダー

 私の目の前にある月めくりのカレンダーが、いよいよ残り2枚となり、薄っぺらになって壁に掛っています。もう暫くすると来年のカレンダーを用意して、さらに薄くなった今年の1枚の後ろに吊るします。これも毎年とり行われる年越しのささやかな準備のひとつです。

 

 カレンダーは、昨日までの日常を「過去」という名で置き去りにしながら、人生という長い道のりにおける「現在地」を今日として認識し、明日以降の「未来」を組み立てるための大切な道標です。だからでしょう、職場でも自宅でも、よく目に付く壁に吊るしたり、すぐ手に取れる卓上に置くことが多いようです。そうなりますと、本来の機能に加えて絵柄だとか大きさ、数字の配置など様々な点でデザイン性が問われてきます。これから一年間、もっとも馴染みある空間を飾るのに気に入ったものにしたいと拘りが強くなります。気に入ったカレンダーが見つかったときは、そこはかとない嬉しさが湧いてくるものです。

 

 しかし、どんなに気に入ったカレンダーでも日付が過ぎてしまえば破り捨ててしまい、保存しておくことは、まずありません。まるで、昨日までの出来事を置き去りにするが如く関心が薄れてしまいます。そういった意味でカレンダーは明らかに、過去の記録ではなく、今日から未来に向かって作られたものであって、置き去りにした過去がどんなに美しく、また思い出に残る感動的なものであったとしても、カレンダーには何の形跡も残りません。

 

 毎日の生活に欠かせないカレンダーですが、このように考えると、いささか儚く感じられます。そんな気持ちとは別に、今朝も手帳のカレンダーで一日の予定を確認して明日に向かって歩いている自分がいます。「今日も一日、頑張りましょう!」