日常とは異なる特別な日

「もういくつ寝るとお正月」という言葉で始まる童謡にもあるように、子供の頃は正月が年に一度の特別な日でした。暦のうえで一年の始まりであり、いろいろなことがリセットされました。たとえば、新しい服を身に着け、初夢、初詣、書初め、初○○などなど、その年に初めてすることを大切にしました。「あけましておめでとう」の挨拶にもあるように、正月は目出度いのです。…ではリセットすることが何故、目出度いのでしょうか。思うに、多くの人が日常生活に悔いを残しているからであって、「今年こそは」とリセットできることが嬉しくて、目出度いのかもしれません。

 

なかには稀に何の後悔もない人がいたとします。(実際にいるかどうかは知りません)そんな場合は、さらなる幸運を求めるのが正月の慣わしです。何と欲が深いことでしょうか。これを飽くなき向上心と言い換えると人類が歩んできた進歩の歴史の原動力と思えなくもないでしょう。やはり、正月は目出度いのです。

 

子供の頃、正月が特別に感じたのには理由があります。普段は難しい顔をしている大人たちが、機嫌よく昼から酒を呑んで時に羽目を外し、周囲もそれを黙認していました。私が育った家庭では、そんな大人が大勢詰めかけてきて、両親(特に母)は接待に追われて家族の食事など後回しです。腹をすかせた私は、やむなく自転車にまたがり、開店している飲食店を探しまわった経験があります。今ではコンビニもあり、飲食店も開店しているところが多くありますが、当時はほとんどの店がシャッターを降ろしていて、食事するにも苦労したことを思い出します。

 

 

それに比べて、今は正月でも通常どおり営業しているところが多く、それだけ利用者も店も日常と変わらない日になっているように感じます。これも、生活の利便性を追求した結果なのかもしれませんが、「特別な日」という意識が薄れているような気がして、子供の頃の苦労も逆に懐かしく感じる年の瀬です。特別な日である正月を気持ち良く迎えるために準備は欠かせませんが、来るべき2018年を今年より良い年とするためにも何をすべきかを、明日からの休暇中、奥深い向上心をもって考えるとして、この1年を締めくくりたいと思います。

 

みなさまにおかれましても良いお年をお迎えください。