ライバル

 この数週間は冬季オリンピック・パラリンピックをテレビで視聴し、あるいは結果をニュースで知り、日本選手の活躍、感動の名場面に、度々気持ちが高揚しました。特に、勝者が敗者を称える場面など、スポーツでしか味わえない熱い思いが込み上げてきます。しかし、それは見ている立場だから言えることでしょう。どの種目でも競技ですから選手にとっては必ず勝敗のどちらかで決着がつきます。そして、選手であれば誰でも勝者になることを目指して人並みならぬ努力を重ねてきているはずです。自分を破って栄冠を掴んだ相手に笑顔で対応するのは、さぞ大変だろうと思ってしまいます。敗れた悔しさを超越して互いの検討を称え合う姿の背景には、長年のライバル関係において相手に対する敬意が芽生え、それが信頼へと育ったからなのでしょう。

 

 ライバル関係といえば昔から多くの例があります。たとえば「武田信玄」vs「上杉謙信」、私たちの世代で馴染みが深いのは「輪島」vs「初代貴乃花」、アニメの世界でも「星飛雄馬」vs「花形満」、「矢吹丈」vs「力石徹」などなど数え上げたらきりがありません。これらの物語にはライバルとの死闘の過程で互いに切磋琢磨することで大きく育ってゆく主人公の姿が描かれています。このことは、物語を面白く、美しく飾るための単なる状況設定ではなく、少年の柔らかな精神に正義、努力、我慢、向上心、友情など多くのことを植え付けてきました。

 

 私は思います。日本の総理大臣にもライバルが必要なのではないか?と、

そうすれば、国会や中央官庁で繰り広げられる事件が、もっと美しいストーリーになるのではないでしょうか?

 

おっとっと…スポーツと政治の世界を一括りに論じては真のアスリートから怒られそうですね。それでは、ここらでお開きとさせていただきます。