晴れた朝の独り言

 今日は年度始めです。気持ちを新たに新しい一年をスタートしたいと思います。毎年、この季節になると通勤電車の中で濃紺のスーツに身を固めた若者が4人、5人と連れ立って乗ってくる場面に出くわします。話している声のトーンや所作から、社会人というより学生らしさを感じる彼らは、おそらく新入社員なのでしょう。私たちのように毎年、新年度を繰り返している者とは異なり、彼らにとっては輝かしい未来と大いなる不安に満ち溢れた特別なスタートに違いありません。しかし、それが感じられるのは傍から眺めている私たちばかりで、本人たちはきっと、新しい環境に適応するために無我夢中で目の前のこと以外は目に入らないかもしれません。…というのが三十数年前の私自身の体験です。

 

 そして、今、あの頃よりも遠くを見る余裕があるにも関わらず、いや、それだからこそ見えてしまう安定した現実とその先にある限界に物足りなさを感じてしまいます。一方で、これではいけない、自分で限界を決めず、もっと遠くの景色を眺めてみたい、と気持ちを奮い立たせています。それでは、今の私に何ができるのでしょうか?正直言って、視力、聴力、体力は確実に衰えてきています。その影響でしょうか、何をやっても活動量が減り、集中力も持続できません。たとえば、PCやスマートフォンの操作において、説明そのものの理解力は衰えていなくても画面に映し出された文字を追いかけるスピードが若い人に比べて圧倒的に遅いのと、ひとたび操作を間違ったり迷ったりしたときに、ダメ元でいろいろ試してみる気力が衰えていて、つい指が止まってしまうのです。

 

 しかし、こんなことで沈んでいるわけにはいきません。「今の自分の武器は何なのか?」、よく考えると、これまでの経験だろうと思います。この経験から得られるものを突き詰めてみると精神的余裕と知識ということでしょうか。この知識というのが意外と厄介で、すぐに賞味期限が切れてしまいます。そして、無造作に古い知識をそのまま振り回すと恥をかくことになります。そこで、これからは知識の奥に隠れた本質を果物のエッセンスを抽出するように絞り出すことを心がけようと思います。限られた時間と体力で勝負するには、力任せにがむしゃらになるのではなくて、こういった工夫は最低限必要でしょう。

 

 

 年度始めにあたり呟くことといえば今年度の抱負とか目標が相応しいのかもしれませんが、今回は年齢を重ねることによる衰えの言い訳と衰えをカバーするための少々、図々しい意見をご披露しましたが、この図々しさも心強い武器の一つですね。