方程式と恒等式

 前回、悪夢の原因の一つとしてシュレディンガー方程式を挙げました。今回、この話をするつもりはありません。なぜならば、これは私の人生における宿題のようなもので皆さんにお付き合いいただくものではありません。ただ、この等式が恒等式ではなく方程式であるということに着目して独り言を述べてみます。

 

 方程式と恒等式は等式という点では同じですが、異なる意味を持っています。よく似ているので中学や、高校の数学でこの二つを混同して迷路に入り込むことがありました。どこが、どう異なるかというと「方程式はある特定の値において成り立つ等式であるのに対して、恒等式はどんな値でも成り立つ等式です」そして、方程式を成立させる特定の値を解と呼びます。方程式にも一次方程式、二次方程式、…次方程式、連立方程式、微分方程式、偏微分方程式などなど、いろいろありますが、いずれも解を導き出すことが、その命題です。因みにシュレディンガー方程式は偏微分方程式だったはずです。

 

一方、恒等式はと言うと、どんな値でも成立するわけですから解は存在せず、むしろどんな場合でも成立することを証明することが命題になります。身近な例としては因数分解の公式などです。因みに公式と呼ばれるものは皆、恒等式です。前述の迷路の典型的な事例として以下に示します。解を求めるために立てたつもりの方程式が、与えられた条件を一つ忘れて使わなかったために恒等式が出来上がってしまい、解が見つからないという事態が考えられます。

 

ここで数学の世界から離れて、しばし実生活で考えてみましょう。東京の地下鉄はいろいろな路線が入り組んでいて極めて便利ですが大変複雑です。A駅からB駅まで行くという命題に対する解はいくつも出てきます。それどころか遠回りしてもいいから、とにかく到着すればいいとなると、極論を言えば、わざわざ大阪経由で行ってもいいわけで無限に答えが見つかります。これって、何か恒等式に似ていませんか?そして、最速で到着するという条件を付け加えると、恒等式が方程式に代わって、一つの解に絞られてきます。皆さん、スマフォの検索機能はお使いになるかと思いますが、コンピューターの頭脳は、きっと数学的に方程式を解いて解を導き出しているのかもしれません。

 

 

このようなことは、人間であれば、わざわざ数学を引っ張り出さなくても常識の範囲で誰でも処理しています。同様にシュレディンガー方程式がわからなくても、生活に不自由はありません。ただ、ひたすら「悪夢から解放される」という解を求めて…