衣替え

 昨日、事務所近くを通っている環状八号線の歩道を歩いていると、草叢から秋の虫の音が聞こえてきました。もう、10月も下旬になります。私が気付かなかっただけで、もっと早くから鳴いていたのかもしれません。それにしても、今年はいつまでも夏の名残で暑さが続いたように思います。虫の音には気付かなくても、気温の変化は生活に影響を及ぼします。週間天気予報を見ながら衣替えをいつにするか思案する季節です。特に、朝夕と日中で気温に差がある日などはどうしたものかと悩む人も多いのではないでしょうか。

 

 我が家はマンション生活なので、それまで住んでいた戸建の家に比べて収納スペースに限りがあって夏の間、使用しない冬の衣類は屋内で保管せずに専門業者に預け、この時期になると、それらが戻ってきます。これも季節の移り変わりを感じさせてくれる年間行事です。かつては、半年ぶりに冬物の衣類に袖を通して、まずは体型の変化が気になりましたが、その点において、この十数年は特に問題はありません。むしろデザインが古臭く感じられたり、逆に、今の自分には若すぎたりします。そんなときは、どうしても袖を通す気になりません。こうして、いくつかの衣類は、また半年間、自宅の引き出しに仕舞い込んだまま、ただ保管しておくだけになってしまい、それでも、また、いつか着ることがあるかもしれないと捨てられずにいます。それはサイズやデザインといった実用的な側面ばかりではなく、購入した時や、初めて着たときの思いが影響しているのかもしれません。

 

 人はそれぞれの過去、現在、未来を歩んで生きています。そして、生きてきた過去を衣類と同じく「想い出」というパッケージに包み込んで心の中に仕舞い込んでいます。使わなくなった「想い出」も捨てるに捨てられず、心の奥底に仕舞い込まれていくと、いつかいっぱいになってしまうので、忘れてしまうことも、必要な作業なのかもしれません。それは、あたかも使わなくなった衣類のように…

 

 衣替えは季節の変わり目の年中行事と申し上げました。季節が変わらなければ衣替えも必要ありません。それでは、人生において季節の変わり目とは何を指すのでしょう。それは(自分だけでなく家族も含め)受験、就職、転職、結婚、近親者の死など、多くの出会いと別離ということでしょうか。私たちも、これから先、いろいろな季節を体験することでしょう。

 

 

今月は同窓会の梯子をして少し感傷的になったせいでしょうか、刹那に暮れゆく夕暮れから、季節の移ろいに思いを馳せる秋でした。