平成という時代

 前回は私のこれまでの人生のうち半分が平成だということに気付かされたところで終わりました。そこで、今回は平成とはどんな時代だったかを振返ってみたいと思います。1989年(昭和64年)1月に昭和天皇が崩御されると日本全体が重苦しい雰囲気に包まれて、多くの人が喪に服しました。そして、ここから平成という時代がスタートします。さて、この時点での私の生活ぶりを再現してみましょう。

 

 年齢30歳、世田谷区若林の3LDKマンションに暮らしていました。家族は妻と長男3歳と生後8か月の長女の4人暮らしです。勤務地は前年までの江東区木場から横浜市の鶴見に移動したばかりでした。日本経済は絶頂期を迎え、世の中はお祭り騒ぎと言っても過言ではないほど浮かれていたように思います。因みに、現在では政策金利として機能していない公定歩合が5.0%程度で推移していました。株価もうなぎ上り、不動産の価格も日本全国すべてが上昇して、後にバブルと称される狂乱状態にありました。それが、僅か2年後に政府と日銀の政策により劇的に転換してゆくのであります。

 

 それから30年が経過して、私個人の生活も社会全体も大きく変わりました。家族構成も子供が一人増えて5人となり、それら幼い子供たちを連れてハワイに転勤、帰国後タケイチ建設株式会社(現在のタケイチバリュアブル不動産株式会社)を設立して現在に至るわけです。30年間の出来事を事細かに記述することは、書き手にとっても至難の業であり、読み手にとっても退屈極まりないことです。ここでは、3人の子供たちがそれぞれパートナーを見つけて独立していったこと。両親が他界したことだけは記述しておきたいと思います。

 

 社会全体も大きく変化しました。一番印象が強いのは携帯電話(スマートフォン)の普及とネット社会の出現です。こうした変化の根底にある技術革新も注目すべきですが、結果として社会に及ぼした影響が大きいことに驚かされます。必要な情報が瞬時に手に入る一方で「フェィクニュース等」に象徴される新たな問題が指摘されています。また、卑近な例を挙げれば、友人、知人との待合せにおいて、到着時間を予め検索できるので早めに行って待つこともなくなり、逆に遅刻しても、あと何分で到着するとか、予定変更の相談など、臨機応変に対応するようになりました。

 

 こうして振返ってみると、私の生まれた昭和はずいぶんと遠い存在になりました。今年で終わろうとしている平成、これから始まろうとしている新元号と未来に向かって続いてゆきます。今度は、どのような社会が待っているのでしょうか。より良い時代が到来することを願って今日の独り言を終わりにします。