権威の源

先日、吉野彰氏のノーベル化学賞受賞の報道がありました。誠に喜ばしいことで、心よりお祝い申し上げます。聞くところによると、その研究はリチウムイオン電池の開発に貢献したということです。私たちの身近に溢れている電子機器の電源に使われている電池です。それを思うと如何に世の中で役に立っているかが実感できます。役に立つ研究だから受賞したのでしょうが、ご本人やご家族、関係者へのインタビューによると、候補に挙がってから実際に受賞するまで十数年を経たとのことです。その間、吉野氏自身はこれほどまでに世間で注目されなくても研究は役に立ち、今後も変わらず役に立ち続けるのでしょう。ところが、ノーベル賞受賞を境に、吉野氏自身に対する世間の注目度は激変し、いきなり時の人となります。

 

今回受賞した吉野氏以外にも様々な分野で受賞候補となっている方々が大勢いらっしゃることでしょう。この方たちと吉野氏との違いはおそらく紙一重だろうと思います。それでも、世間の注目がこんなに違ってしまうのは、ひとえにノーベル賞に宿る権威の為せることと考えます。

 

今月は、年一回の宅地建物取引士試験があります。私たち不動産業者は、この資格がないとできない業務があります。この事実は法律に定められていて、宅建士というある種の権威の源は法律にあるとも言えます。一方、ノーベル賞はどうでしょうか。受賞者のみに許される法的な権利、義務はたぶんないだろうと思います。それなのに、受賞を機に周囲が激変してしまうノーベル賞の権威とはいったいどこからくるのでしょうか?

 

などと呟いてはみましたが、決してノーベル賞の権威を否定して、慶事に水を差すつもりもありません。重ねてお祝い申し上げます。