世の中

 このコーナーで何を書こうかと題材に困ったとき、改めて世の中を見回してみます。「世の中」と一言で済ませてしまいましたが、よくよく考えると人によって、状況によって、あるいは時代によって、その意味合いが大きく異なります。たとえば、私がブログの題材を求めてさまよい歩く「世の中」としては、自宅と職場、その間を繋ぐ通勤経路が頭に浮かびます。そこで誰と何を会話してどう感じたかが私にとっての世の中です。しかし、けっしてそれだけではありません。子供の頃から慣れ親しんだテレビも世の中を構成する大きな要素です。そういった情報源という意味では、最近PCやスマホによるネット検索などがテレビを凌駕する存在になってきました。実際、私がブログの題材を選ぶのに、家庭や職場での出来事だけでなく、テレビから仕入れた情報も結構あります。そして、同様にネットの世界からも多くの題材をみいだすか、と思いきや以外とそうでもないような気がします。ネットの活用法としては、既に題材を決めた後に、その話の真偽の裏付けや補足が多いような気がします。

 

 思えば人類は文明の発展とともに個々人の持つ世の中を広げてきました。道路の整備や航路の発見も然り、また、エンジンを積んだ自動車や蒸気や電気で走る列車の実用化も然り、そして、航空機の出現で移動手段としては飛躍的な進歩を遂げました。こうして限られたエリアでしかなかった「世の中」がどんどん広がりました。しかし、テレビの存在は人間自身が移動せずとも情報が得られるという点で、交通の発達とは別の次元で「世の中」が広がったと思います。

 

 さて、その次に現れたPCやスマホは、またテレビとは違う作用が働くようです。PC、スマホは「世の中」を広げるというよりも専門分野に深く入り込む傾向が強いのではないでしょうか?その理由は、これまでも指摘されてきたようにテレビの場合、情報が発信元から受け手に一方的に流れる、つまり情報の受け手に取捨選択の機会が少なく、発信元の選択した情報が普及する。(そのことを問題視する意見もありますが、それは置いておいて)その結果、意図せず受け手の「世の中」が広がることになります。それに比べてPC、スマホは双方向コミュニケーションであるがゆえに互いに取捨選択ができるので、興味のあることに集中する傾向が強くなるのかもしれません。

 

 

 少々ひねくれたことを申し上げるようですが、本人の興味と無関係に外部から一方的に情報を押し付けられることも、世間を広げるという意味で有益ではないでしょうか?という結論で締めくくりたいと思いますが、この拙いブログを読むに値すると選択していただいたあなたに感謝申し上げます。