今年もお世話になりました

 今年も残すところ数日となりました。前回は年賀状のお話しでしたが、それも何とかなりました。それでも、耳をすませば、「まだまだ年内に済ましておきたい事がある」と心の中で囁く声が聞こえてきます。自宅寝室のベッド脇のサイドテーブルには読みかけの本が4冊も乱雑に積み重ねられていて、いかにも、今さっき手に取ったばかりのように鎮座していますが、実際は2か月くらい放置されていることを、うっすらと積もった埃が証明しています。これはほんの一例で、万事がやりっぱなしになっています。たいして忙しいわけでもないのに怠けることが癖になってしまいました。

 

 今年は平成31年として年始を迎え、年末は令和1年になって終えようとしています。何十年に一度という珍しい年でした。しかも、天皇陛下の御存命の中での新天皇の即位であり、様々な宮中行事の様子も祝賀ムード一色に彩られました。昭和から平成となったときは昭和天皇崩御にあたり喪に服す気持ちがあったことに比べて当然のことかもしれませんが、それだけではなくて日本が天皇制と元号という日本特有の制度、文化に肯定的になったように感じます。しかし、そんな人々の営みとは無関係に、今年は日本各地で自然災害が発生しました。そして来る2020年は待望のオリンピック・イヤーです。スポーツを通して世界中の人々が集う平和の祭典も、その規模と影響力からテロリストの標的になることが懸念されるところです。選手ばかりでなく、その対策や様々な準備に運営する側の人々の苦労も並大抵ではないでしょう。

 

 こうして身近な日常も日本という国も年年歳歳、年は暮、また明けてゆきます。そこには本来は連続した時の流れを敢えて不連続に堰き止めて、過去を見つめ直し、未来に想いを馳せる工夫が為されている、それが年越しを控えたこの時期特有の心境ではないでしょうか。この、しみじみとした空気の中、天災も人災もなく己のみに留まらず、世界中遍く幸多かれと願うことで日頃の身勝手を洗い清めて善人になるのも正月の効用だと言えなくもありません。

 

 

 これから迎える新年が穏やかにスタートすること、そして、自然も荒ぶることなく、自分も含めた人も善人のままで一年を過ごせるように堰き止められた時間のダムにそっと願いを浮かべて今年の独り言を終えたいと思います。お読みいただいた皆さまにはお世話になり有難うございました。